アメーバ性脳炎
(Vol. 31 p. 334-335: 2010年11月号)

アメーバ性脳炎は、自然環境中に生息する自由生活性のアメーバによる中枢神経感染症で、寄生性の赤痢アメーバEntamoeba histolytica による脳膿瘍とは一般に区別される。

1.病型と原因アメーバ
1)原発性アメーバ性髄膜脳炎(Primary Amebic Meningoencephalitis: PAM)
Naegleria fowleri で汚染された水を鼻から吸い込むことで、アメーバが嗅神経を経由して脳に感染する。急性(数日〜1週間)で致死的、健康な若年層が湖水等での水泳後に突然発症する例が多い。1965年の初例報告以来、世界的には数百例の報告がある。2007年には米国南部の湖水での水泳等を介した感染が例年に比して多発し注意喚起がなされた(IASR 29 : 203-204, 2008参照)。突然の頭痛、発熱、吐気、嘔吐を主訴とするが、感染初期で他の化膿性髄膜脳炎と鑑別診断することは難しく、急激に悪化して昏睡や痙攣に陥る。

原因病原体であるN. fowleri は20μm程度の小型のアメーバで温暖な淡水の環境に生息する。栄養体と嚢子の2型に加え、遊泳能を有する鞭毛期の3形態をとる。高温耐性で実験的には42℃で培養可能であることから、これが本アメーバを環境より分離する条件にもなっている。多種存在する高温耐性のNaegleria 属アメーバの中で、本種のみがヒトへの感染性を示す。国内ではこれまでに温泉排水、工場排水などの温排水2カ所から分離されているが、温泉等の全国調査では浴槽水からの検出はみられていない。

2)肉芽腫性アメーバ性脳炎(Granulomatous Amebic Encephalitis: GAE)
Acanthamoeba sp.あるいはBalamuthia mandrillaris が経口的あるいは外傷部位を介して侵入、血行性に中枢へ感染する。慢性/亜急性に推移する(〜数カ月)が致死的で、多くの場合が剖検時に判明している。頭痛、発熱が徐々に増強、様々な神経症状が現出、昏睡に陥る。免疫不全、糖尿病、悪性腫瘍、全身性エリテマトーデスなどの基礎疾患が感染リスク要因となる。健常人はAcanthamoeba およびBalamuthia に対してある程度の抗体価をもち、日常的な曝露が考えられる。感染としては免疫低下等に伴う日和見感染といえるが、Balamuthia 感染者は免疫健常者にも見られる。Acanthamoeba 脳炎症例は数百例、Balamuthia 脳炎は1991年に初めてヒト感染が確認され、これまでにおよそ150例が報告されている。

両アメーバともN. fowleri と同様の小型アメーバで、Acanthamoeba は自然環境に一般的に存在する。Acanthamoeba 属の分子遺伝学的解析からは、特定の種が中枢神経感染を引き起こすという関係は見られない。B. mandrillaris は環境中に存在すると考えられてはいるが検出された例は極めて少なく、感染源が特定された例はほとんどない。栄養要求性・食性がNaegleria Acanthamoeba のような細菌食ではなく、他の微生物(小型アメーバなど)を捕食する肉食性という特徴がある。

2.診断・治療・感染予防
確定診断は病理組織学的診断(病理染色、免疫組織染色)が一般的で、PCR等の手法も利用される。PAMの場合は髄液からのアメーバ検出を行う。治療に関しては、アムホテリシンB、ミコナゾール等を経口、静注により同時、大量投与されるが、致命率が高い。水泳中に鼻から水を吸い込まない注意をする、土壌、特に栄養分が多い園芸、農業利用のものを取り扱う場合に、グローブ着用することなどが予防対策となる。

3.国内のアメーバ性脳炎発生状況
これまで国内では8例のアメーバ性脳炎症例が確認されている()。初例は1976年(東京都)で、病理学的にアメーバ感染が認められ、臨床症状と併せてPAMと診断された。しかし、その後の免疫学的診断の結果、本症例はA. culbertsoni の感染によることが判明するなど、確定診断の経緯は容易ではなかった。その後1995年まで5例の報告があり、CDCに診断依頼してB. mandrillaris 感染と診断された例を除き、いずれもAcanthamoeba あるいはBalamuthia 感染疑いに止まった。1996年には本邦初例のN. fowleri 感染(PAM)が佐賀県で確認され1) 、アメーバ分離にも成功した。国内においてもアメーバ性脳炎の発生がある一方、原因確定に至らない症例が続いたことから、高橋らにより当該症例に関する原因究明が、病理学的および免疫組織学的手法により再検討された2) 。その結果、1976年の症例はAcanthamoeba 感染であることを確認し、以後の4症例はBalamuthia 感染であったことが明らかにされた。その後、2006年、2010年にもBalamuthia 感染の確定症例が出ている。全体として、N. fowleri Acanthamoeba sp.ならびにB. mandrillaris を確認、全8例中6例がBalamuthia 感染で占められている状況にある。

患者は20代が2人(Acanthamoeba sp.およびN. fowleri 感染)、50代4人、70代2人で、Balamuthia 感染は中高年齢者に限られている。Balamuthia 感染例では免疫低下との関連が推定される。報告された地域はほぼ国内全域に広がり、全例において感染源は不明。1986年のBalamuthia 感染(岡山県)では中枢神経病変に先立ち、打撲が原因と考えられる上肢アメーバ性蜂窩織炎が認められている。

これまで国内ではPAMあるいはGAEは、その診断の難しさと認識の低さから見逃されていた可能性がある。今後は炎症性中枢神経疾患の鑑別診断の重要項目として、PAMあるいはGAEを考慮すべきであるとともに、移植ケースに伴うリスクへの注意喚起が必要である(後出の外国情報335ページ335-336ページ参照)。

 参考文献
1) Sugita Y, et al ., Pathology International 49: 468-470, 1999
2)高橋ら,厚生労働省科学研究補助金−がん予防等健康科学総合研究事業,平成15年度総括・分担研究報告書,113-132, 2004

国立感染症研究所寄生動物部 八木田健司

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