麻しん排除を目指した麻しん検査診断体制の問題点
(Vol. 32 p. 41-42: 2011年2月号)

麻しん排除と麻しん検査診断体制の現状
WHOは麻しん排除を目標にかかげ、WHO西太平洋地域では2012年を排除達成目標年としている。麻しんの排除は「質の高いサーベイランスが存在する下で、ある国からその国に常在する麻疹ウイルスによる麻しん伝播が12カ月以上存在しない状態」と定義され、質の高いサーベイランスには、麻しん疑い例の80%以上から適切な検体が採取され、熟練した実験室で検査診断されること、人口10万人当たり2例以上の麻しん除外症例があること、等があげられている(本号4ページ参照)1) 。日本では、それまで小児科定点届出疾患であった麻しんを、2008年から全数届出疾患に改め、また、麻しん診断体制、診断方法としては国立感染症研究所(感染研)、全国10カ所の麻しん・風しんレファレンスセンター、地方衛生研究所(地研)を結んだネットワークで実施されるRT-PCR法を推奨し、検査診断による麻しんサーベイランス体制を強化した2) 。RT-PCR法を選択した理由には、発症初期に感度がすぐれ、迅速な麻しん対応が可能になること、輸入例の同定に必要な麻しんウイルスの遺伝子情報が解析できること、ならびに感染研と地研によるネットワークが、WHOが要求する国家研究室(日本では感染研)による検査体制という要件に合致している等である。2010年に本ネットワークで実施された検査数は増加したが、検査診断例の大部分は健康保険の適応があり、搬送手段が確立している民間検査機関によるIgM ELISAであった。

偽陽性の増加—検査における本質的な問題
麻しん患者数は739名(2009年)、457名(2010年)と減少し、流行は一段落している。一般に、流行が減少すると検査診断による真の陽性の割合(Positive Predictive Value; PPV)が減少し、偽陽性数(検査によって陽性とされた非麻疹症例)が増加する。麻しんのIgM ELISA法は、類似の発熱、発疹感染症である伝染性紅斑(パルボウイルスB19)、突発性発疹(HHV6、7)等によるIgM抗体とある頻度で交差することが知られており、偽陽性の原因の一部となる。昨年、伝染性紅斑の流行地で、IgM検査によって麻しんと診断された多くが伝染性紅斑であったことが報告されている3) 。すでに麻しん排除を達成した米国のCDCは、偽陽性のリスクを最少にするために真の麻しんと疑われる患者のみを検査するべきだとしている4) 。日本では流行が減少した2009年でも民間検査機関で少なくとも13,000件以上の麻しんIgM検査が実施されており、ルーチン的な検査状況がうかがわれる。実際、約4.6%をしめる陽性のうち、3/4はIgM抗体価3以下の弱陽性であり、また、そのほとんどが疫学的リンクのない弧発例でもあることから、偽陽性がかなり紛れ込んでいる可能性がある。IgMの偽陽性を減少させるため、可能なかぎり発症初期検体をPCR検査することを勧めている5) (本号14ページ参照)。

陰性の場合の評価—検体の適切な採取時期
通常、感染症の検査診断の目的は病原微生物を同定することであるが、麻しん排除においては「麻しんでない」ことを証明することでもある。科学的に「存在しない」ことを証明するのは一般に困難であり、より慎重に検査を実施しなければならない。検査の結果が「陰性」であった場合、検体が麻しん検出に適切であったかを判断することが重要になる。麻しん罹患者の感染力がもっとも強いのは、発疹出現前後約1週間(カタル期〜発疹期)で、この時期は咽頭ぬぐい液、末梢血リンパ球、尿などからゲノムが検出され、ウイルスの分離もできる可能性が高い。一方、麻疹ウイルスに対するIgM抗体は発疹が出現する頃に出現し、約1週間後にピークとなる。その後暫時減少し、1〜3カ月後には検出できなくなる。また、IgG抗体はIgM抗体よりもやや遅れて出現し、数週間後にはピークとなり、数年間は存在する。これらから「陰性」の検査結果が正当と考えられる検体採取時期をにまとめた。ただし、これらは典型的な麻しんには適応するが、非典型な経過をたどる修飾麻疹にはあてはまらない場合があることに留意する必要がある。また、現在の麻しん発生届けに発疹初発日、発熱初発日、IgM 抗体価、海外での滞在期間等の検体の適切さを判断するのに必要な情報が求められていないことも問題であった。これに対しては厚生労働省が近く対応する予定である。

(注:に記載された「診断に適切な採取時期」は、陰性結果が正当であると考えられる時期を示しており、この期間以外の検査を不要としているわけではない。またこの期間以外での陽性結果も採用できる。)

麻しん排除のためには科学的に「麻しん存在の有無」を証明しなければならない。その中で検査診断の役割は極めて重要であると同時に、その評価は慎重に行う必要がある。臨床現場から適切な検体が常に採取できるとは限らないことや、検査の精度の限界も考慮して、臨床からの情報、疫学的な状況、必要ならば検体を再度採取し他の適切な検査を実施し、それらから総合的に診断できる環境を作っていくことが、今後、麻しんを排除するために必要となる。

 参考文献
1) WHO, WER 85: 490-495, 2010
http://www.who.int/wer/2010/wer8549.pdf
2) IASR 30: 45-47, 2009
http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/348/dj3488.html
3) IASR 31: 268-269, 2010
http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/367/pr3676.html
4) VPD Surveillance Manual, 4th Edition, 2008 Measles: Chapter 7-1
http://www.cdc.gov/vaccines/pubs/surv-manual/chpt07-measles.pdf
5)「麻しんの検査診断について」健感発1111第2号
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/tsuuchi_101111_01.html

国立感染症研究所ウイルス第三部 駒瀬勝啓 竹田 誠

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