世界におけるライム病流行状況
(Vol. 32 p. 222-223: 2011年8月号)

ライム病は動物由来感染症の一種で、マダニによって媒介されるスピロヘータの一種ボレリア感染に起因する全身性の細菌感染症である。ライム病は病原体同定が比較的最近であったことから、新興の細菌感染症の一種とされているが、19世紀後半から欧州を中心にライム病を記述した報告がいくつかなされていた。1910年、Afzeliusはダニ刺咬後に刺咬部を中心とした遠心性の紅斑を観察したが、これはライム病の初期病態である遊走性紅斑(erythema migrans;EM)を記述したものと考えられる。また、慢性期のライム病患者で稀に見出される慢性萎縮性肢端皮膚炎(acrodermatitis chronica atrophicans; ACA)は1883年に初めて記述がなされている。これら症例では梅毒反応が陽性であること、ダニ咬傷とEMに因果関係があることから、ダニ媒介性のスピロヘータ感染症である可能性が考えられていた。これに加え、ダニ刺咬と関連がある神経症状が「Garin-Bujadoux症候群(フランス)」、「Bannwarth症候群(ドイツと近隣諸国)」として見出されていたが、これらはライム病の病態の一部である神経ライム症(neuroborreliosis)を記述したものであった可能性が高い。20世紀後半の1977年、Steereらは、米国コネチカット州のライム地区で小児に発生した原因不明の流行性関節炎を発生地域の名をとって「ライム関節炎」と名づけた。これらの症例では、マダニ刺咬後に慢性のEM、関節炎とともに髄膜炎、顔面神経麻痺、神経根炎、心筋炎など多臓器性の全身症状を呈したことから、同一の病因に基づく疾患であることが疑われ、以後「ライム病」と称されるようになった。

1982年になって、米国NIHのBurgdorferらによって北米産マダニIxodes dammini (現在のI. scapularis )から、翌年AckermannらによってスイスのI. ricinus からスピロヘータが分離され、ライム病との関連が強く疑われた。これらスピロヘータは、1984年新種のボレリアBorrelia burgdorferi と命名されたが、ライム病患者の血液、皮膚病変部などからこれらボレリアが分離されたことから、上記病態が本ボレリア感染に起因する一疾患であることが確定した。現在、ライム病病原体であるボレリアは3種類が確認されている。北米では主にB. burgdorferi 、欧州ではB. burgdorferi に加えて、B. garinii B. afzelii が主な病原体となっている。わが国を含む極東アジア諸国およびモスクワ以西のロシアではB. garinii B. afzelii が主な病原体となっている。

米国におけるライム病
米国ではB. burgdorferi がライム病起因菌となっている。米国CDC1) によると、1999〜2009年までの11年間に245,432人のライム病患者が報告された。これら患者の多くは6〜8月に報告され、これはマダニの活動期およびヒトの野外活動期と概ね一致する。一方、1、2月に患者が報告されることもある。冬期に報告される症例では関節炎などの慢性期患者の頻度が比較的高いことが知られているが、これは慢性期に至った患者が冬期に報告されたものと考えられる。患者は全年齢で見出されるが、うち5〜9歳、および55〜59歳で二峰性のピークがみられる。これはマダニが生息する茂みに入る機会が多いことなど、ヒトの行動歴に起因すると考えられている。2009年の統計によると、全米におけるライム病の罹患率は13.4人/100,000人/年であるが、デラウェア州では111.2、コネチカット州では78.2、ニューヨーク州では21.2など、米国東北部および5大湖周辺で患者罹患率が高い。1992〜2004年までの調査によれば、臨床情報が得られた約12万症例のうち、EM(68%)、関節炎(33%)、顔面神経麻痺(8%)、神経根炎(4%)、髄膜炎もしくは脳炎(1%)、房室ブロック等の心疾患(1%)が臨床症状として見出されている。マダニ刺咬部を中心とするEMは、刺咬後3〜30日(平均7日)で出現するとされる。米国におけるライム病患者のうち、約30%の症例で関節炎の発症が報告されている。関節炎は痛みと関節腫脹をともない、主に大関節で発症する傾向がある。これら症状は,抗菌薬投与によりほとんどの症例で速やかに消退する。一方、慢性期に移行したライム病患者の一部はpost-Lyme disease syndrome(PLDS)と呼ばれる抗菌薬非応答性のライム病様症状が継続することが知られている(本号3ページ参照)、関節炎を発症した症例の約2%では、ボレリア表層抗原の一種に対する抗体が自己抗原と交叉し、その結果、抗菌薬投与による治療後も自己免疫性の関節炎が継続することが知られている。

米国では、ライム病ボレリアを保有するマダニが2種同定されている。太平洋側ではI. pacificus であり、中部以東におけるベクターはI. scapularis である。これ以外のマダニもボレリアを保有することが知られるが、その媒介能については不明である。

欧州におけるライム病
欧州ではB. garinii が主な病原体となっている。これ以外に、B. burgdorferi B. afzelii 感染例が見出される。またB. valaisiana B. spielmanii 感染例も報告されているが、その数はごくわずかである。これらボレリアはI. ricinus によって媒介される。2006年に報告されたWHOの統計2) によると、オーストリア(300人/100,000/年)、スロベニア(同155人)、ブルガリア(同55人)、スウェーデン南部(同80人)でライム病罹患率が高く、アイルランド(同0.6人)、英国(同0.3人)等の島嶼国、およびイタリアやポルトガル等、温暖な気候の地域で低い傾向がある。また、統計がある欧州諸国全体で年間8万人以上の患者発生が推定されている。欧州では、B. garinii 感染に起因する神経ボレリア症が見出される。Strleら3) は欧州で髄液より分離されたボレリア種の約60%はB. garinii であることを報告しているが、これはB. garinii の病原性に起因するか、もしくは感染患者の大多数がB. garinii 感染例であるためか、まだ結論は出ていない。慢性期に移行したライム病患者では稀にACAが生じる場合がある。これはB. afzelii の慢性感染に起因することが知られている。スロベニアにおける調査では、ACAは成人でのみ見出されている。米国と比較して、欧州では関節炎を呈する症例が少ないことが知られている。

近年、Multi-locus sequence typing法によるボレリアの高感度DNA型別法が導入されたが(本号9ページ参照)、この方法により、B. garinii は2型に大別されること、欧州各国ではI. ricinus によって媒介されるB. garinii A型とB. garinii B型の一部が流行していること、また、欧州ではB. garinii B型が神経ボレリア症を起こしやすいことが明らかになった。

ロシアおよびアジア地域におけるライム病
ロシアにおいてもライム病症例が報告されている。モスクワ以西では欧州と同様にI. ricinus 刺咬によるライム病ボレリア感染例が見出されている。また、モスクワから極東ロシア、および中国、韓国ではI. persulcatus によるB. garinii およびB. afzelii 感染例が見出される。

モスクワ以東のロシア、中国や韓国でのB. garinii 流行型は不明であるが、わが国ではシベリア、中国および韓国と同様にI. persulcatus 刺咬によるライム病患者が発生し、かつ、その起因菌であるB. garinii は80%以上がB. garinii B型であることが報告された(本号9ページ参照)。このことから、モスクワ以東のロシア、およびアジア地域においてもB. garinii B型が流行型である可能性が指摘されている4) 。

結 語
欧米では重篤な症例を含め、年間10万人程度のライム病患者が報告されること、さらにはPLDSなどの医療問題もあることから、重大な社会問題となっているにもかかわらず、有効な予防法が確立していないため毎年流行が繰り返されている。ワクチンによる予防法開発は、米国における組換えワクチンの副反応に関する問題が起って以来、ほとんど進展がみられない。このことから世界的に、診断と治療を柱とした医療体制の充実と疫学情報の収集、およびマダニ刺咬予防などの啓発活動がライム病対策の主流となっている。今後は、新たなワクチン開発と併せ、効果的なマダニ忌避薬の開発など、感染経路の遮断法開発も行われると考えられる。

 参考文献
1) http://www.cdc.gov/lyme/
2) Lindren E and Jaeson TGT, Lyme borreliosis in Europe: influences of climate and climate change, epidemiology, ecology and adaptationmeasures, 2006 (http://www.euro.who.int/en)
3) Strle F and Stanek G, Curr Probl Dermatol 37: 51-110, 2009
4) Takano A, et al ., J Clin Microbiol 49: 2035-2039, 2011

国立感染症研究所細菌第一部 川端寛樹 大西 真

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