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国際交流の頻繁化・迅速化に伴い,海外からの各種下痢症の持ち込みが増え防疫対策上問題になっている。
東京都立衛生研究所ではいち早くこの問題に対応し,海外旅行中あるいは帰国後に下痢を訴えたものを対象にその病原検索を実施し,実態の把握に務めてきた。1968年以降1979年までの検査成績を示すと表の通りである。検体採取時下痢のあったものでは約53%が,検体採取時には治癒していたが旅行中に下痢の既往のあったものでは約24%が何らかの病原菌陽性であった。後者では毒素原性大腸菌についての検査が実施されていないが,これも含めれば更に高率となることは推定に難くない。健康者においても約10%の頻度で病原菌が検出されている。
検出病原菌のうち最も高頻度にみられるのは,コレラ菌の産生するエンテロトキシンと作用機作を同じくする毒素を産生することで最近注目されている,毒素原性大腸菌である。次いでサルモネラ,腸炎ビブリオ,赤痢菌の順である。O−1以外のVibrio choleraeすなわち,いわゆるNAGビブリオおよびコレラ菌がこれらに続く。その他の病原菌としてはCampylobacter fetus subsp. jejuniが注目すべきものである。
このように多種の病原菌がしかも高頻度に分離される事実に加えて,同一個体から同時に2〜3種の病原菌が検出される場合が多いことが判ったのも貴重な知見であった。このような例では症状や経過が修飾される。診断には細菌学的検査が必須であると言える。
推定感染地別にみると,東南アジアではサルモネラや腸炎ビブリオが多いのに対してインド,ネパールなどでは赤痢菌が多い。
海外で罹患した患者を中心に,国内で流行に発展した事例も少なからず認められている。このような患者の早期発見の努力は消化器系感染症の防疫上有意義な役割を果すに違いない。
東京都立衛生研究所微生物部 大橋 誠
表.海外旅行者からの腸管系病原菌検出状況
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