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Vol.1 (1980/8[006])

<国内情報>
わが国におけるA型肝炎


 最近培養細胞によりA型肝炎ウイルス(HAV)の分離が行われたり,血清中のHAV特異IgM抗体を検出して急性期に迅速に診断する方法が開発されるなどA型肝炎もまもなく簡単に検査できそうである。残念ながらわが国においては肝炎が届出の対象疾患でないためにA型肝炎あるいは類似の疾患がどのように発生しているのかあまり明らかでないが,今後検査が簡単に行われるようになり,本誌のようなものに集計されるようになればかなり明らかになるのではないかと期待している。

 これまでの血清疫学調査によると北海道から九州に至るまで農山村の住民,都市部の住民の区別なくHAVに対する抗体の分布はほぼ一定のようである。即ちわが国においてはどこでもおよそ20才頃まではほとんど抗体を持たないが,20才をすぎると次第に抗体保有者が増え,40才以上では約80%という高率に達する。このような抗体保有のパターンから,わが国においてはこれまで相当長期に亘りHAVがあまり感染していないらしいと推定された。これは先進国に共通していえるようで現在A型肝炎はあまり多く発生していない。しかし,発展途上国ではほとんどの人が小児期にHAVに感染してしまうらしい。例えばパプアニューギニアではHAVに対する抗体を持たないのは,生後2ヵ年ほどのほんの短い期間で,それをすぎると抗体保有者が急増し,5才ですでに70%以上に達してしまう。わが国を含め多くの先進国においてもかなり以前にはHAVの感染は恐らくありふれたものであったと考えられる。それが何故相当長期に亘り減少しているのであろうか。今後再燃する危険はないのであろうか。

 現在わが国には上に述べたような抗体分布から若年層を中心に全人口の約半数がHAVに対する抗体を持っていないと推定されるので,ウイルスに汚染された飲食物などを摂取すると発病しやすく,多人数が同時に暴露され,爆発的な集団発生を起す危険がある。最近佐賀県および岐阜県下でこのような集団発生があったが,幸いどちらも一次感染者を中心とするもので,二次,三次感染例の発生は少なく大きな流行へ発展することはなかった。したがって現在のところわが国では一応HAVは広がり難い状態にあると考えられる。知恵遅れの子供の施設などではしばしばいわゆる接触感染型の多発が認められているが,このような施設内ではややもすれば不衛生になりやすいためであろう。

 A型肝炎が地域的に多発した例はめずらしい。筑後川下流地域に昭和54年3,4月をピークに約半年の間に140例ばかりのA型肝炎が発生した。久留米大学第二内科と福岡県衛生公害センターが調査されたが,この多発は20〜40才の成人男女を中心とし,広い地域に亘る一見散発的ともいえるものであった。有力な原因として生貝の摂取が疑われたが,感染源とか感染経路のはっきりしない症例が多かった。幸い大きな流行とならず終了し,流行後の血清疫学調査によっても20才以下の若年層への侵淫はまったく認められなかった。この例をみても現在わが国ではA型肝炎が発生してもあまり大きく広がらないといえる。しかし,この地域に何故A型肝炎が多発したのであろうか。A型肝炎が少なくなってすでに相当長く続いたわけであるが,それがようやく終りに近づき次の流行期にさしかかったきざしでなければと願っている。



岐阜大微生物 森次 保雄





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