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長野県における腸チフス・パラチフスの発生状況は,昭和40年〜53年では毎年0〜4名程度であったが,54年には9名と増加し,海外での感染例も含まれる様になってきた。以上の如く,当県では希である腸チフスの多発例が昭和55年4月〜5月に県南部の下伊那郡松川町を中心に確認されたので,その概要を紹介する。
患者は20名(菌検出13名,疑似症適用者7名)であり,分離株のファージ型はすべてD2であった。発病は4月10日〜5月7日であったが,大半は5月の連休前後に集中していた。症状は発熱が主で,頭痛,下痢および腹痛を伴った患者も認められ,中には腎盂炎と診断された患者もあった。患者検体の多くは血液および便であったが,胆汁も少数例検査を行った。血液培養ではほとんどがカルチャーボトル1〜2日間培養後にチフス菌が検出されたが,中には9日間培養後に検出された例も認められた。チフス菌陽性検体は血液のみが9例,便のみが1例,血液と便が2例,血液・便および胆汁が1例であった。他に患者家族,接触者ならびに環境材料等延669検体についてマンニット・セレナイト培地を併用して分離を試みたが,チフス菌はすべて検出されなかった。疫学調査の一環として,地域潜在流行の確認は病院,開業医等を対象に有熱患者調査表により行い,水系流行の可能性については給排水系統の調査,更に共通感染源として推測されている某飲食店については最も綿密な調査を行ったが,未だ感染経路は不明である。本流行例の患者は某高校野球部員,某会社員グループ,バスケット同好会,小学生の4グループに分類されるが,それらの関連性についても不明な点が多い。一方,当県の事例より約3週間前に大阪府堺市においてファージ型D2による施設内流行例があり,これとの関係についても調査したが,関連性は認められなかった。現在,上記事項も含めて腸チフス中央調査委員会の指示に従い調査を続行中である。本事例を経験し,流行の早期把握,初期調査等に本微生物検査情報の利用の方法がないか,今後検討する必要があると思われた。尚,腸チフス対策実施要領は大変参考となったが,具体的事例を対象として総合的調査法の解説が重要ではないかと痛感した。
長野県衛生公害研究所 村松 紘一
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