|
古くて新しい感染症の1つに腸チフスがあろう。重症患者の多い腸チフスでは,四苦八苦の末,菌を検出し,“意外な症例”として届出される例が多い。また,腸チフスを最初から疑ってかかる臨床医はほとんどいないのが現状である。しかし,腸チフスは我々の観測医院での調査によると,原因不明の高熱患者から4.0%(16/402)の検出率があること,さらに,下水・河川等生活環境の平常時観測において,検出率が高く(平均検出率24.3%),しかも多くのファージ型がみられること等から潜在患者が多いものと推察される。腸チフスは潜伏期間が長いことから感染源,感染経路をつかむことは至難の業である。患者の早期発見,平常時の患者発生の背景調査,及びフォーカス対策は防疫上必要なことである。
愛媛県における潜在患者の早期発見
我々は1969年以来,愛媛県(人口150万)内の主要な細菌検査施設(病院,検査センター)と協力して,菌の培養検査と,観測医院(松山市内3ヶ所)の外来患者を対象に発病初期段階で菌の検出を試みてきた。その結果,それまでほとんど皆無(菌検出例)であった腸チフスは毎年10人前後の届出があり,これまでに117人の患者・保菌者を発見した。また,発症から確定診断までの期間は大巾に短縮され,観測医院では3〜15日,平均9日(全国平均は19日)となった。
患者発生の背景調査
腸チフス菌は赤痢やコレラに比べ外界での生残率が高いことから,下水・河川を腸チフスの汚染指標として,1974年から松山市内で調査している。調査はし尿下水(4〜6箇所),河川(1〜2箇所)を定点とし,毎月1回“タンポン法”によって採水し,菌検出を行ってきた。その成績は1974年以降,毎年16.4〜32.4%,平均24.3%(116/478)の頻度で腸チフス菌が検出されている(表1)。月別検出率は1月46.2%,2月33.3%,4月29.5%が高く,8月11.4%,12月16.7%,11月17.5%が低かった。患者は4月,5月及び10月に多発している。一方,ファージ型についてみると,下水・河川由来株はE1,53,A-deg・,D2型が多くみられたが,これらはヒト由来株でも同様であった。しかし,ヒトから検出されずに下水・河川からしばしば検出されるものにD1,D12,Vi(−)等があり,これらの菌型の潜在排菌者がいるものと思われる(表2)。
フォーカス対策
予後保(排)菌者の追跡調査にはおのずと限界があり,せいぜい6ヶ月までである。病後保菌者及び永年保菌者(発生源になることが多い)を含む潜在排菌者を発見する手段として,(1)下水・河川の平常時観察による病後保菌者の追跡,(2)菌検出定点を基点とする上流へのさかのぼり調査などが考えられる。しかし,さかのぼり調査はかなり困難な作業である。我々はこれまでに,さかのぼり調査を数回試みている。その中で成功した例は松山市内のD小学校(児童数1300人)で27人の保菌者を発見し,流行を事前に防止しえた事例(報文作成中)。また,失敗した例では流行が予測されずに11名の患者発生をみた八幡浜市での事例がある。これらについては次号で述べる。
愛媛県立衛生研究所 篠原 信之
表1.下水・河川の腸チフス菌の検出状況及び検出された菌のファージ型
表2.ヒト及び下水・河川由来腸チフス菌のファージ型の比較
|