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Vol.1 (1980/12[010])

<国内情報>
腸チフスの疫学調査(その2)


 −下水道さかのぼり調査で発見した腸チフス保菌者の集団発生例−

 下水・河川の平常時観測及び患者から検出される腸チフス菌が,主流をなしていたE1型からA-deg.に変ったことに注目し,下水道のさかのぼり調査を行い,その排菌源をつきとめた。

 調査の概要

 1974年7月から実施している下水・河川の観測定点において,1979年4月A-deg.,53型菌が検出された下水の定点を基点として,分岐点ごとに菌検出を試みながら,次第に上流にさかのぼり,約5kmの上流で排菌者2人を発見した(表1,図1)。さらに接触者の調査で25人の保菌者をみつけた。

 調査期間:1979年4月〜7月

 調査場所:愛媛県松山市

 採水方法:タンポン法,浸漬期間2〜5日

 培養検査:改良セレナイト培地で増菌後,BS,SS培地で分離培養

 さかのぼり調査で最初に発見した保菌者:2人

接触者調査(検便数1900人)によって発見した

保菌者:25人 分離菌のファージ型:A-deg.24,53型3人

 保菌者の症状

 保菌者27人に対する聞き取り調査では無症状者17人,医師の治療を受けた者4人(但し,いずれも軽症),売薬を使ったもの2人,軽い症状があったが無処置であった者4人であった。隔離時及び退院時のウィダール価(TO)は10人に凝集価の上昇がみられた。

 感染源,感染経路の調査

 保菌者27人はいずれもD小学校(児童数1300人)の児童で,25人が5年生(学年児童数188人)であったことから給食,使用水及び5年生の共通行事に重点をおいて調査した。しかし,給食は全校共通であり,従事者の健康管理,校内の厨房施設等は良好であること,献立内容,配膳の方法等から5年生に集中する要因はなかった。校内での使用水はすべて市の上水道であり,校内貯水槽での下水による二次汚染は塩化リチウムをトレーサーとした実験で否定された。5年生の共通行事として遠足(はんごう炊飯)及び調理実習(サラダ作り)があった。遠足は当日欠席した人が保菌者のうち4人(4/25)いた。また調理実習は未実施のクラス(5クラス中2クラス)から5人出ている。一方,保菌者家族等接触者には菌陽性者はいなかった。これらのことから,D小学校にどのようにして菌が持ち込まれ,5年生を中心にまん延したかは不明である。2つのファージ型がみられたことは菌の検出状況からみて,53型及びA-deg.の潜在的な流行が集合したものと思われる。



 −八幡浜市で発生した腸チフスの流行例−

 八幡浜市(人口4万3千人)では1970年にD2型の患者2人(24才,19才の姉弟)が発生し,さらに1977年に39型の患者(15才男)が発生していた。39型の患者は西宇和郡S町にあるとみられるフォーカスと関連づけられたが,八幡浜市へのまん延及びD2型のフォーカス究明のため,1977年から1979年にかけて,のべ58箇所の定点を調査した。しかし,この調査では腸チフス菌は検出されず,続発患者もみられなかった。このことから,D2及び39型のフォーカスはなく,同市での流行はないものと予測され,1979年4月で調査を打ち切っていた。ところが同年12月,永年保菌者と思われる患者を中心に11人の発生があり,予測ははずれてしまった。

 発生概要

 患者発生:1979年12月21日〜29日

 患者数:11人

 発生場所:八幡浜市M地区及びH地区

 推定感染源:胆道系永年保菌者

 感染経路:接触

 患者の概要:表2にまとめた

 下水・河川の平常時観測と発生地区

 図2に示したように1977年から1979年までの観測定点(A〜F)は八幡浜市の市街地で,下水・河川の下流である。これ等の定点では腸チフス菌は1株も検出されなかった。これは松山市や広島市の成績に比べるときわめて良好な成績であった。このことから,少なくともその上流には排菌源はないものと考えられ,流行の予測はしていなかった。今回,患者発生のあったM地区(図2)は背後が急峻な段々畑で,漁港特有な密集した家屋が並ぶ地区である。この地区の生活排水は観測定点のA,B,Cには及んでいなかった。H地区はM地区から約6km離れた山間部であるが,M地区との関連が明らかにされている。

 M地区での発生が1975年3月の湯河原市のような大流行に至らなかったのは,同地区の上水道が完備していたこと,初発患者の発見が早く,すぐ近くの総合病院で適切な対応処置がとれたことなどが考えられる。10ヶ月後の1980年10月現在,A〜Fの定点及びM地区の下水から腸チフス菌は検出されず,また続発患者はいない。

 この調査は県保健部,松山中央保健所,八幡浜中央保健所,愛媛大学医学部及び当衛生研究所の方々の協力によって行われたものである。



愛媛県立衛生研究所 篠原 信之


表1.腸チフス菌を検出した下水マンホール(F)付近における排菌類の調査
図1.排菌源付近の下水配管図
表2.M・N地区におけるD2型の腸チフス患者
図2.腸チフス患者発生地区(M・H)及び下水・河川等環境調査地点





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