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昭和55年11月,富山県において,マニラ観光からの帰国者3名がコレラ患者と判明したが,富山県人としては,昭和21年の復員コレラ流行以来34年ぶりのことであった(その間,富山県では,韓国にコレラが大流行していた昭和44年10月に,汚染地を経由して伏木港に寄港した熊福丸の船員3名が,上陸後コレラ菌エルトールイナバの保菌者と判明したいわゆる熊福丸事件を経験している)。ここにその概要を述べる。
患者発見の端緒となったのは,石川県での11月12日(21:30)のコレラ初発患者の決定であった。翌13日(8:30)県公衆衛生課から,石川県の初発患者の同行者5名,同乗者55名および接触者(石川県患者の勤務先が富山県大島町のN電工であり,同患者が菌決定前に出勤し,職場の風呂に真先に入るというハプニングがあり,接触者43名)が県下にいるとの報告を受け,直ちに準備にかかった。当日15:00までに実際に検体が搬入されたのは,同行者5名と同乗者23名分であった。そのうち,同乗者である氷見のマニラ観光グループ3名中1名(33才,♂,会社員,T.M.,11月10日帰国,当日腹痛,水様下痢3〜4回,嘔吐2〜3回)から,TCBS,PMT直接培養,Ap1次増菌→TCBS,PMT分離培養のすべてにコレラ菌エルトールオガワ型を分離した(11月14日23:00には衛研においてコレラと確定,翌15日9:30に予研において同定された)。そこで,一方では石川県の患者(同県では初発患者と同じグループから,その後2名の患者と1名の疑似患者が13〜14日に見出され,更におくれて19日には1名が保菌者として発見されている)との関係者の検査を続けながら,15日からは氷見の患者の同行者,同乗者,接触者,同時期旅行者の検査を実施したところ,11月16日20:00までに搬入された同時期の別のマニラ観光グループ(11月11日帰国の小矢部のグループ8名中4名分)から1名(56才,♂,農業,K.C.,11月10日水様下痢3〜4回,11月15日同じく水様下痢4〜5回,6年前に胃を2/3切除)はTCBS,ビブリオ寒天,PMT直接培養,Ap1次増菌,→TCBS,ビブリオ寒天,PMT分離培養のすべてから,他の1名(43才,♂,団体職員,A.U.,11月16日軟便程度)はAp1次増菌→TCBS,ビブリオ寒天,PMT分離培養から,共にコレラ菌エルトールイナバ型を分離した。患者K.C.については,衛研においてコレラ菌と確定したのは17日22:00であった。前述の氷見患者とは直接関係なく,菌型も異なることから,新たな初発患者として直ちに予研に持参し,翌18日9:00予研にて同定された。
11月13日から22日までの10日間は,細菌部6名を中心とし,時に他部から応援を求めて24時間の検査態勢をとり,表1に示したように,ヒト286件,環境その他33件の検査を実施し,コレラに関しては2次感染もなく,環境からも全く菌は分離されなかった。患者は12月4日までに全員退院し,12月6日に事件は終息した。
分離したコレラ菌の性状:氷見T.M.株(エルトールオガワ)は,TSI斜面が12時間培養以後,何日経っても全く赤くもどらないという点では,当研究所保存のアジアコレラの菌株に類似していたが,その他の性状,特に溶血性+,CCA+,ポリミクシンB50Unit耐性という点でエルトール型であった。小矢部のK.C.株とA.U.株(共にエルトールイナバ)は全く同一で,溶血性がほとんどないという点以外は,やはりエルトールの性状に一致した。氷見と小矢部の菌株の間には薬剤感受性のパターンにもやや違いが見られた。このように,氷見のグループと小矢部のグループの間に,分離されたコレラ菌が菌型を異にし,性状においても明瞭な違いを示したことは,検査する側にとっても,行政側にとっても,混乱を避ける上で好都合な面が多く,偶然のことといえ,その意味では幸いであった。
その他の腸管系病原細菌の分離について:表1には,コレラ菌と共に他の腸管系病原細菌の分離状況も記載したが,氷見のコレラ患者の同行者2名中1名(有症)から腸炎ビブリオO:3,K:7(神奈川現象陽性)が分離され,同じ氷見の同時期旅行者(有症,後にグループは別だが,小矢部コレラ患者と現地でほとんど同一行動をとったと判明)から白糖非分解NAGビブリオO:41(家兔結紮腸管試験陽性)が分離されている。また,小矢部のコレラ患者の同行者6名のうち1名(有症)から腸炎ビブリオO:3,K:6(神奈川現象陽性)が,他の1名(有症)からは白糖非分解NAGビブリオO:41(家兔結紮腸管試験陰性)が,更に他の1名(有症)からは腸炎ビブリオO:3,K:58(神奈川現象陽性)と白糖非分解NAGビブリオO:41(家兔結紮腸管試験陽性)が同時に分離されており,東南アジア旅行後の有症者について,腸管系病原細菌による汚染の多様性は我々の想像を越えるものであった。なお,白糖非分解NAGビブリオO: 41については,新潟衛研池村らが,1978年9月,同県下のサシミによると思われる食中毒事例から分離し(感染症学雑誌54(4),226,1980),De Paolaもまた白糖非分解NAGビブリオ(Serovar 不明)による下痢症を指摘しており(J. Food, Sci, 46(1),66,1981)本菌は疫学的にも重要な意味をもつものと思われる。
謝辞:2回にわたりコレラ菌を同定していただき,白糖非分解NAGビブリオのSerovarを決定していただいた予研島田俊雄先生に感謝します。
富山県衛生研究所 児玉博英
表1.日別検査状況とコレラおよび他の腸管病原細菌の分離
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