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最近,グループFあるいはEF−6と呼ばれるビブリオが下痢症との関連から注目されてきている。
このビブリオは,1977年に英国のFurnissらや,米国CDCの研究グループが新菌種であることを初めて確認した菌で(最近,Furnissらの研究グループは本菌の種名としてVibrio fulvialisを提案),分類上ビブリオ属とエロモナス族との中間的性状を有する。即ち,本菌は,ビブリオ属とはリジン及びオルニチン脱炭酸陰性,アルギニン加水分解陽性の点で,またエロモナス属とは好塩性(0%食塩加ペプトン水で発育せず,3.7及び9%食塩加ペプトン水で発育)及びプテリジン誘導体0/129に対して感受性を有する点で,典型的な両属の各菌と性質を異にする。現在,本ビブリオには,主としてブドウ糖からのガス産生性の違いにより2つの生物型(生物型1,ガス非産生;生物型2,ガス産生)が置かれる。
この菌の生態や疫学,またその腸炎起病性等については,本菌が認識されてからまもないこともあってまだ明確でない点も多い。しかし,これまでの報告からみれば本菌は他のビブリオと同様特に熱帯・亜熱帯の河川や海の環境に広く分布し,これらの地域に多発する小児や成人の下痢症あるいはこうした地域への旅行者がしばしば経験する旅行者下痢の原因として関与している可能性が高い。例えば,これまでよく調査がなされているバングラデッシュの例では,小児及び成人下痢患者からの本ビブリオの検出事例は約5%に及び,毒素原性大腸菌,ロタウイルス,NAGビブリオを含むコレラ菌についで重要な存在であることが示されてきている。
都立衛生研究所においても,本菌下痢症に注目しここ数年前から調査を行ってきているが,国内においては腸炎ビブリオ食中毒事例から本菌がときに随伴的に検出されることはあっても,それが原因と考えられる確かな集団あるいは散発下痢症例にはまだ遭遇していない。しかし,海外旅行者下痢症患者では,本菌が約1%の頻度で検出されており,それとほぼ同様の成績が成田空港検疫所や大阪府などの調査でも得られていることから,少くとも旅行者下痢症の原因菌としては今後十分考慮すべき存在といって間違いなかろう。
本菌が検出された下痢患者の臨床症状は,NAGビブリオや腸炎ビブリオのそれと類似し,通常下痢,腹痛,嘔吐を主徴として発病している。発熱も一部に認められる。下痢は多くは水様性であるが,ときに粘・血液を混じる例もみられる。一般に軽症で,脱水症状が激しく補液を必要とするような重症例は希れとされる。
本菌の腸炎起病性,下痢の発現機序については,研究の緒についたばかりであるが,これまでの内外の成績では少くともコレラエンテロトキシンや大腸菌耐熱性エンテロトキシン様因子の関与は否定的である。最近の都立衛生研究所の調査では,ある種の溶血因子が下痢の発現に関連していることを示唆する知見も得られてきており,今後この方面の研究の発展が期待される。
なお,本菌は他のビブリオと同様TCBS寒天あるいはビブリオ寒天に発育し,白糖分解性のコレラ菌のそれよりはやや大きく,アルヂノリチカス菌のそれよりはやや小さい混濁集落を形成する。
(東京都微生物検査情報第2巻第7号より転載)
東京都立衛生研究所 工藤泰雄
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