HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.2 (1981[増刊号])

<3.>
感染症サーベイランス事業対象疾病解説書


 感染症サーベイランス事業の対象疾病としては,最近幼児や学童を中心に流行が目立ってきて,稀れではあるが合併症をひき起こし,後遺症を残したり死に致らしめる感染症,あるいはニュータイプの感染症の中で,伝染病予防法による届出の義務等がなく,発生状況の把握や対策が不充分な疾病を選定してある。

 以下,18の対象疾病について,定義,診断方法,特徴等について簡単な解説を行う。患者定点医療機関における対象疾病についての患者発生件数の把握に際しては,本事業の使命が迅速な情報の収集還元にあるという観点から,診療時における主として臨床的診断の結果をもって行うこと。

(1) 麻しん様疾患

 麻しん類似の発しん性疾患もしばしばみられるが,本事業の対象とするのは麻しんが目標である。麻しんの疫学的状況は,予防接種の普及により大きく変わりつつあり,その推移を監視する必要がある。

 診断は,臨床症状から通常は容易である。

 合併症としての脳炎は,(18)脳・脊髄炎としても報告することとし,様式1の調査票を使用する小児科・内科の患者定点医療機関では,麻しん(様疾患)として報告し,「特記事項」欄に麻しん脳炎と記載すること。

 (2) 風しん

 わが国の風しんは,6〜10年の間隔で流行しているが,これまでは発生状況を充分に把握することができなかった。

 診断は,流行期には臨床症状から容易であるが,非流行期では,抗体検査等により確実な診断を行うことが望ましい。

 合併症としての脳炎は,(18)脳・脊髄炎としても報告することとし,様式1の調査票を使用する小児科・内科の患者定点医療機関では,風しんとして報告し,「特記事項」欄に風しん脳炎と記載すること。

 (3) 水痘

 水痘は,幼児学童を中心とする普遍的な感染症であり,診断は臨床症状ら容易である。水痘は学校伝染病としても重要であり,また,免疫不全状態にある者が罹患すると重篤となることから,その予防,院内感染の防止が重視され,サーベイランスの意義が大きい。

 帯状疱しんは,同じウイルスによるものであるが,当面対象疾病とはしない。

 (4) 流行性耳下腺炎

 耳下腺腫脹を主症状とするが,ムンプスウイルスの全身感染症であり,各種臓器に多彩な病変をみる。水痘と並んで幼児学童の主要伝染病である。不顕性感染が多いことが特徴である。生ワクチンによる予防接種が行われるようになったので,今後の疫学状況の変化に注目する必要がある。

 診断は,臨床症状から容易である。

 合併症としての髄膜炎,脳炎等は,それぞれ(17)髄膜炎,(18)脳・脊髄炎としても報告することとし,様式1の調査票を使用する小児科・内科の患者定点医療機関では,流行性耳下腺炎として報告し,「特記事項」欄にムンプス髄膜炎,ムンプス脳炎と記載すること。

 (5) 百日せき様疾患

 百日せき菌のほか,パラ百日せき菌,アデノウイルス等によっても類似の症状を示すが,百日せき様疾患のほとんどは百日せき菌によるものである。百日せきの痙咳期には治療が困難であり,また,母親からの移行免疫が有効に働かないため,乳児早期から罹患することがあり,乳児は重篤になりやすく,しばしば肺炎,脳症などを併発するので,早期診断,予防が重要であり,発生状況の把握が望まれる。

 診断は,特徴的な症状及び血液像などの一般検査により容易であるが,菌分離により菌型決定などの検索を進めることも重要であり,検査定点よりの検体採取が勧められる。

 (6) 溶連菌感染症

 溶連菌感染症のほとんどはA群溶連菌によるもので多彩な病像を示すが,サーベイランスの対象は,咽頭炎,アンギーナに発しんを伴うもの,あるいは伴わないものを主体とする。臨床的に溶連菌感染か否かを診定することは困難な場合が多いので,なるべく菌の培養検査により確実な診断をつけることが望ましい。

 (7) 異型肺炎

 異型肺炎の病原としては,肺炎マイコプラスマのほか,ウイルス,クラミジア(オーム病)なども挙げられるが,現在のわが国の一般診療においては,異型肺炎の大部分はマイコプラスマ肺炎と考えられ,サーベイランスの対象もマイコプラスマ肺炎を目標とするものである。

 診断として,マイコプラスマ肺炎と決定するには,検査所見がそろわなければできないので,早期の情報収集の目的から異型肺炎という病名をとりあげているものである。

 (8) 乳児嘔吐下痢症

 乳幼児,特に6カ月から18カ月くらいの年齢に好発する急性の胃腸炎で,従来,仮性小児コレラ,白色便性下痢症,白痢あるいは晩秋嘔吐下痢症などと呼ばれていたものがこれに当たる。病原はロタウイルスによるものが大部分とみられ,特に11月から3月にかけて流行することが多い。

 (9) その他の感染症下痢症

 前記の乳児嘔吐下痢症以外の感染性下痢症を一括したものである。ウイルスによるものとしては,従来,流行性嘔吐症,流行性下痢症あるいは伝染性下痢症などと呼ばれていた急性胃腸炎があり,病原ウイルスの研究も急速な進歩をみているところである。細菌性のものとしては,サルモネラ,カンピロバクター,エルシニア,病原大腸菌(組織侵入型,毒素原性,血清型),いわゆるNAGビブリオ,腸炎ビブリオによるものなどがある。本症については,特に病原体分離による検索が望まれる。

 (10) 手足口病

 1958年に世界で初めて報告された新しい感染症である。わが国では1963年に初めての報告があり,1968〜9年頃から注目されるようになり,1969〜70年の全国的な流行から,次第に一般に知られるようになった。最近わが国では,コクサッキーA群16型もしくはエンテロウイルス71型によるものが,1〜2年おきに交互に流行をくり返している。新しい感染症として,今後の流行の推移については十分に監視する必要がある。

 診断は特徴的な臨床所見から容易であるが,病原ウイルスの分離,型別などの検査も望まれる。

 (11) 伝染性紅斑

 最近数年間にわたって全国的に流行がみられ,関心を呼んでいる。このために,本症は軽症の疾病であり合併症もないが,対象疾病としてとりあげられたものである。診断は,特徴的な病像から容易であるが,病原は未だ不明である。

 (12) 突発性発しん

 2歳未満の小児にみられる予後良好の急性発しん性疾患である。病原は不明であり,流行性に発生することも少ないが,小児の代表的な発しん性疾患ということから対象疾病にあげられたものである。診断は臨床的に行う。

 (13) ヘルパンギーナ

 コクサッキーウイルスA群による夏期の急性熱性疾患であり,特徴的な口腔内所見をみる。エンテロウイルス感染症は数多くあるが,その代表的な疾病として対象疾病にとりあげられたものである。

 (14) 咽頭結膜熱

 主としてアデノウイルス3型,ときに7,11型などの感染により,発熱,咽頭炎,結膜炎を三主徴とする疾患である。しばしばプールを介して流行し,プール熱の別名がある。

 (15) 流行性角結膜炎

 アデノウイルス8型感染による急性結膜炎で,さらに角膜炎を起こす。欧米では19型も病原に入れている。アデノウイルスのその他の型でも,よく似た症状を示すことがある。

 (16) 急性出血性結膜炎

 エンテロウイルス70型感染による急性結膜炎で,結膜下出血が高頻度に起こる。アポロ11病の別名がある。数週後稀に麻痺を起こすことがある。

 本症は新しい感染症であり,1969年ガーナに初発し,わが国では1971年の流行以来発生がみられる。東南アジアでは同様の結膜炎をきたす別の病原としてコクサッキーA24変異株の存在が知られているが,わが国では未だ発生していない。

 (14)(15)(16)の疾病は眼科定点の対象疾病である。それぞれの病原体の分離に努めることが望ましい。

 (17) 髄膜炎(細菌性,無菌性)

 臨床所見及び髄液所見によって,先ずいわゆる無菌性髄膜炎(漿液性髄膜炎)と,細菌性髄膜炎に区分して報告し,その後病原体が判明したものは追加報告するものとする。原発性のものを対象とし,術後感染あるいは免疫不全状態中に併発したものは除外する。

 (18) 脳・脊髄炎

 脳症,脳炎,脊髄炎,脳脊髄炎を含み,病原体として日本脳炎,ポリオ,単純ヘルペスなどのウイルスによるものが多い。麻しん,風しん,ムンプスなど,特徴のある臨床症状にひき続いて起こった脳炎も報告の対象とする。ウイルス学的検査により確定診断の得られたものは,追加報告するものとする。

 (17)(18)の疾病は,病院定点の対象疾病であり,これらについては積極的に病原体分離,抗体検査を行い病原を明らかにすることが望ましい。






前へ 次へ
copyright
IASR