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冬期嘔吐症(Winter vomiting disease)は1929年Zahorskyにより流行性非細菌性胃腸炎に対し提唱された一つの疾患名である。彼はこの疾患の臨床的疫学的特徴として,突如始まる嘔気,嘔吐;下痢は流行例により顕著な症状のこともある;軽度の発熱;9〜3月に主として発生;小学生および施設に収容されている人々を侵し,また,これらの家族に二次発生を起こさせ;一時患者の発生曲線は共通経路感染を推測させる等をあげている。1968年Norwalk(Ohio, U.S.A)にある一小学校に本疾患の集団発生があり,その時の患者糞便を用いて1972年Kapikianらにより27nmのNorwalk因子が発見された。現在まで冬期嘔吐症の病原体として,Norwalk因子のほかにNorwalk様因子(W因子,Ditchling因子),Calicivirusが報告されている。
埼玉県において1981年11〜12月に冬期嘔吐症疑いの集団発生が保育所,幼稚園,小学校に多発したが,これらのほとんどは,最初かぜとして取り扱われていた。これらの集団発生のうち幼稚園1件,小学校3件について疫学調査,病原体検索を行った(表参照)。いずれの集団発生においても,一次患者の発生曲線は共通経路感染を推測させるものであり,小学校の発生例においては,集中的患者発生の数日前,同じクラス内に必ず1,2名の患者発生が認められたことは,教室内伝播の疑いを抱かせる点で注目された。また,クラス内で嘔吐した児童の吐物を処理した担任教師が4日後に発症(嘔吐,下痢)した。Norwalk因子は吐物中にも存在することがGreenbergら(1979)によって報告されているので,前述の発生例は従来からいわれているfaecal-oralのほかにvomitus-oral routeによる伝播様式の重要性を示唆するものと思われる。
二次患者の発生はいずれの集団発生例にも施設内および患者家族内に認められ,幼児から成人までの幅広い年齢層が罹患しており,伝染性の強い病原体と考えられる。しかしながら,冬期嘔吐症は比較的軽い疾患で,患者の大半は3日以内に軽快していた。
集団発生4件の患者糞便についての病原体検索はもっぱら電顕によって実施された。ただ,最初に調査したM幼稚園の糞便材料については細菌学的検査も行い,急性胃腸炎の起因菌となるような病原細菌は検出されなかった。電顕用試料には,まず糞便の10%PBSサスペンジョンを低速から超高速へと分画遠心し,生じたpelletを3%PTAでネガティブ染色したもの(直接法)と,患者回復期血清を前期PBSサスペンジョンの低速遠心上清に1:50の割合に加えたものを室温1時間,氷室内に1夜放置後,30,000rpm30分遠心して生じたpelletをネガティブ染色したもの(IEM)の2通りを用いた。検査対象となった患者24人の糞便からrotavirus, adenovirusあるいは形態学的にcalicivirus様を示す因子は検出されず,Norwalk因子の形態に似た28〜32nmのウイルス粒子が直接法による患者6人から,また,IEM法により11人から証明された。なお,IEMに使用した患者回復期血清はM幼稚園の患者および本報第20号(1981年10月)に報告した久喜市発生例の患者から採取したもので,2種の血清に対しこれらのウイルス粒子は極めてよく反応した。したがって,これらの患者から検出された28〜32nmウイルス粒子は抗原的に同一であるのみならず,本報第20号で報告したウイルス粒子の抗原とも同じものではないかと考えられる。塩化セシウム中の浮上密度の測定は,ウイルス粒子数の比較的多い2検体につき行い,1.38g/cm3附近にあることを確認した。
埼玉県感染症サーベイランス情報によると昨年11月中旬から冬期嘔吐症と思われる患者発生が始まり,12月には県下に広く流行した。浦和市の一小児科医院(サーベイランスステーション)から送られてくるウイルス性胃腸炎疑いの患児糞便材料のうち,11月中旬から28〜32nmウイルス粒子は検出され始め,12月に入ると急増し,12月末までに全部で34人の患児からこのウイルス粒子が証明された。これらのうち,すでに13検体についてはIEM法により上記集団発生のウイルス粒子の抗原と同一であることが確認された。
以上のことから,昨年末に流行した冬期嘔吐症の病原体と考えられる28〜32nmウイルス粒子は,その形態,密度,および臨床的疫学的特徴よりおそらくNorwalk因子ではないかと考えられる。
埼玉県衛生研究所 岡田正次郎
冬期嘔吐症の集団発生例と電子顕微鏡検査成績
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