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サル類は赤痢菌の自然感染がみられる唯一の動物である。そのため,細菌性赤痢はサル類の健康管理という立場からだけでなく,人畜共通伝染病予防という公衆衛生上の立場からみても無視できない病気のひとつである。事実,1974年には我が国の各地で,また,1979年には北海道で東南アジア産のペット用のサル類に起因すると思われるヒトでの赤痢患者が発生し,新聞紙上などをにぎわした。
我々は,予研において,1962年以来,長年にわたりカニクイザルを中心としたサル類の細菌性赤痢に関する疫学的調査を進めてきた1),2),3),4)。今回は1980,1981年に予研筑波医学実験用霊長類センターに輸入したサル類からの赤痢菌の分離状況を紹介し,公衆衛生上の一助にしたい。
1980年2月から1981年8月までに輸入したサル類からの赤痢菌検出率および分離菌型を表に示した。東南アジア産のカニクイザルでは検査頭数808頭中94頭つまり11.6%から本菌が検出された。ケニア産のミドリザルでは6.5%の検出率であった。しかし,ボリビア産のリスザルからは1株も分離されなかった。
カニクイザルの検出率をややくわしくみてみると,原産国別では,インドネシア産が一番高く,21.2%,ついでフィリピン産(9.1%),マレーシア産(2.9%)の順であった。検査時の便性状別では,一番高いのが下痢便で20.7%,つぎに軟便で11.3%であったが,正常便でも10%の検出率であった。これらの成績は1976年から1979年までの4年間の成績4)とほとんど同じであった。ところで,1980年1月から1981年11月までに我が国が外国から輸入したサル類の総頭数は9883頭で,そのうちの約50%は東南アジア産,約37%は南アメリカ産のサル類であるという統計がある(「日本貿易月表」)日本関税協会発行より川西康夫氏の調査による)。このことと,今回の成績とを考え合わせると,特に東南アジア産のサル類の輸入に対しては,十分に注意する必要がある。また,無症状保菌サルが1割もいるということは重大なことである。
つぎに,分離菌型をみると,カニクイザルで1頭から同時に2種の菌型が分離された個体が3頭あり,分離株数は100株であった。分離菌型を多い順から記載すると,未公認の赤痢菌血清型1621−54(総分離株数の36%),S. flexneri 2 a(31%),S. sonnei(20%),S. flexneri 4 a(6%),S. flexneri var.Y(4%),S. flexneri 3 c(3%),となり,総分離株数の44%はフレキシネル赤痢菌群であった。また,分離菌型はサル種および原産国によって相違があった。カニクイザルについて,今回の成績と1972年から1979年までの8年間との成績4)をくらべてみると,今回はS. flexneri 2 aの検出率に著しい低下が認められたことと,未公認の血清型1621−54がインドネシア産から高率に分離されるようになったことが注目された。
この赤痢菌血清型1621−54は,国際腸内細菌委員会による赤痢菌の分類表には現在未登録の審理中の血清型のうちのひとつである5),6)。我々はすでに,1964,1965年に南ベトナム産のカニクイザルからの本菌の分離を一度経験している2)。本菌株は,S. boydii 12の免疫血清に凝集する。しかし,インドールを産生し,ラフィノースおよび白糖を発酵する点などでS. boydii 12とは異なっているので,同定上注意を要する5),6)。また,本菌の病原性についてはほとんど解明されていなかったが,我々は,本菌がS. flexneri 2 aと同様にHeLa−S3細胞内侵入増殖能,モルモットの眼結膜・角膜炎惹起能およびカニクイザルに赤痢を起こす能力を有していることを明らかにし,本菌はサル類のみならずヒトの赤痢の原因菌になり得る菌であると結論した7)。したがって,本菌はいわゆる公認の赤痢菌と同様にサル類の健康管理上からばかりでなく,公衆衛生上からも注目すべき菌である。
文献
1) Takasaka et al.:Jap. J. Med. Sci. Biol., 17,259,1964
2)Takasaka et al.:Exp. Animals, 22, Suppl., 377,1973
3)高阪・本庄:昭和49年度人畜共通伝染病調査報告)人畜共通伝染病調査委員会編),厚生省公衆衛生局保健情報課検疫所管理室発行,71,1976
4)高阪:厚生の指標,27(12),16,1980
5)Ewing et al.:Can. J. Microbiol., 4,89,1958
6)Edwards and Ewing:Identification of Enterobacteriaceae, Burgess Publishing Co., Minneapolis, 1972
7)高阪ほか:第46回日本細菌学会関東支部総会講演抄録,30,1981
予研筑波医学実験用霊長類センター 高阪精夫
輸入サル類からの赤痢菌検出率と分離菌型(1980年2月〜1981年8月)
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