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ウイルスの研究・検査において,使用細胞が質量ともに安定に供給されること,迅速に多量使用できること,細胞の維持,継代にできるだけ力をはぶくことなどは,誰しも望んでいることである。
これらの目的にかなうものとして細胞の凍結保存がある。この技術は近年著しく進歩,普及し,多くの研究所ではいろいろ工夫をこらして実施されていることであろうが,当所では凍結した細胞を直接試験管やトレイに播いて使用しているのでその概要を紹介したい。
T.細胞の凍結方法
細胞の凍結方法についてはいろいろな報告があるが,当所では次のように行っている。
(1) 大量に増殖した細胞(ルー瓶36〜40本程度)をトリプシンで落として集める。
(2) 凍結用メディウム(増殖用培地にDMSOを10%の割で添加)をルー瓶1本当たり1.5mlの割合でサスペンドしてヌンク社製の血清保存用試験管に0.5mlづつ分注する。
(3) 温度を徐々に下げるために,厚さ3〜4cmくらいの発砲スチロールの箱に入れて蓋をし−75〜80℃の超低温槽に傾けて入れる。
(4) 翌日取り出してホルダーにはさみ,すばやく液体窒素の容器に移す。
(5) 使用する時は,50℃くらいのお湯につけ,振りながらすばやく溶かす。取り出した時に試験管の中に入った液体窒素が噴出するが,アンプルのように爆発することはない。しかし,その間は手をふれないようにする。
(6) 5〜10倍の増殖用培地で一度洗う。
(7) 所定の量にサスペンドして使用する。
上記の方法を行った場合,細胞の生残率は90%以上であり,検査の上で何らの支障はない。当所の経験ではヌンクの試験管1本分で,HeLa試験管80本,トレイ4枚,HELは試験管60本,トレイ3枚,AGMKは試験管70本,トレイ3枚程度にひろげられる。
(8) その他,留意すべき事項としては,細胞がフルシートになったらただちに凍結することである。
U.凍結保存のメリット
(1) 毎週細胞の継代をしなくてもよい。
従来当所では週1回,2名が1日がかりで細胞継代をしていたが,その必要がなくなった。
(2) 継代の際の雑菌の混入の可能性が少なくなる。
(3) 使用されないで捨てられる細胞がなくなり牛血清や培地の節約になる。
(4) 細胞の質的・量的安定供給が可能となった。
大量の細胞を均質に同一条件で凍結するので,いつでも同じ性質の細胞を使用することができる。長期にわたって同じ継代数の細胞が使用できるので,二倍体細胞の場合のように継代歴によるウイルス感受性の変化を防ぐことができる。
(5) 検査の迅速化ができる。
従来では検体が来てから実際の検査に取りかかるためには,11〜18日を必要としたが,細胞が大量凍結してあることから,ただちに検体数に応じて試験管を作ることができる。また,中和試験や型決定では,計画当日でも実施し得るようになった(ただし,播き込み法の場合)。
(6) 分離率の向上に役立つ
感染症サーベイランス事業,定点観測事業において,ウイルスの分離率を向上させるためには幾種類かの細胞を組み合わせて使用する必要がある。
従来は,幾種類もの細胞の維持,継代は非常に人手を要することから,わかっていても実際できなかったが,この方法でそれが容易に可能となった。
(7) その他
細胞の維持継代の責任者は毎日細胞の状態に留意しなければならないので,精神的負担も大きかったが,凍結することによって,その心配がなくなった。また,年末年始などの長期休暇などでも継代のために出勤する必要もなくなった。
V.その他
液体窒素の供給は,現在はどこの県でも種畜場などで牛の精液の凍結に液体窒素を使用しており供給業者が定期的に巡回補給しているので容易に入手が可能である。
液体窒素の補給は当所では30lの容器(ホルダーが約20本入るキャニスターが10個,ルー瓶にして400本収容可能,価格は30万円程度で市販)で30〜40日ごとに20lずつ補給している。液体窒素は1l当たり500円で年間約12万円の維持費がかかる。容器の価格がやや高い感じがするが,節約できる労力や捨てられるメディウムなどを考えると必ずしも高いとはいえない。
液体窒素による凍結は故障もなく,停電にも関係がないので細胞の質的・量的安定供給に最適であると考えられる。
愛知県衛生研究所 栄 賢司
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