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はじめに
近年腸チフスの届出数は毎年300〜500名とほぼ一定し,赤痢が激減したのに比べ対照的である。
腸チフスの感染源はもっぱらヒトに限られ,しかも保菌者によるものが多い。胆石保有者が罹患すれば,まず永久に胆のう内保菌者になるとみてよい。この永久保菌者の根絶ないしは完全管理が腸チフス減少への方途である。
腸チフス患者についての疫学的事項および分離株のファージ型などについては,毎年の調査成績が腸チフス中央調査会によって報告されている。本研究班は1980年より,臨床的事項を主として調査することにした。
1.1979年の対象患者
対象となった患者は87名で,男子52名(60%),女子35名(40%),国内感染61名(71%),外国感染25名(28%),不詳1名,84名(97%)が初発時に診定された。年令別では表1に示す通り,20〜39才の成壮年層が46%を占めた。
2.確定診断法(表2)
患者の92%が細菌決定で,3/4以上が血液からの検出であり,便からの検出が1/4以下にとどまったことは,臨床的に腸チフスを疑った上でのことではなく,カルチャーボトルの普及により“不明熱−血培”で,たまたまチフス菌が検出された例の多かったことを示すものと考えられる。糞便の細菌検査を励行すればより早期の診断が可能であろう。
3.確定診断に至るまでの診断名(表3)
腸チフスの場合,第2病週に入ればその臨床診断は必ずしも困難ではない。しかし,2病週以内に診断されたものは約40%で(表5参照)確定診断の遅れたものが多い。この間の診断病名は表4に示す通り多岐にわたる。なお,骨髄炎の1名はその起因菌がチフス菌であった稀な症例である。
4.入院前の投与抗生剤(表4)
診定に時間を要したため,この間に投与された抗生剤は多種にわたるが,セフェム系,AB−PC,SB−PC,CP系が多かった。不明熱で敗血症を疑ったためであろう。
5.発熱(表5)
最高体温は40℃台が40%で,高熱を呈するものが多いのは当然のことである。
CP投与により,熱は3〜7日(平均5.5日)で完全に下熱する。最高体温到達病日(通常は2病週),有熱日数(通常は4週以内)の延長も,確定診断の遅れたためと解される。
6.その他の臨床症状および理学所見(表6)
階段状に上昇する発熱(1病週),稽留熱(2病週),弛緩熱(3病週),渙散状下熱(4病週)を呈する特有の熱型,比較的徐脈,バラ疹および脾腫が腸チフスの4主徴である。比較的徐脈およびバラ疹の頻度は従前と変わらぬが,脾腫はやや少ない。
1病週以内の下痢が約半数に認められたが食生活の変化したためか従来よりも頻度は高い。入院前または入院後まもなくみられた腸出血の16%は,確定診断の遅れたためであり,意識障害のみられた重症例が8%もあったことは,同様の理由によるものであろう。
東京都立墨東病院 今川 八束
1)腸チフス患者のうちわけ(1979)
2)腸チフス患者の確定診断法(1979)
3)腸チフス患者送院までの診断名(1979)
4)腸チフス患者の入院前投与抗生剤(1979)
5)入院病週,体温(腸チフス,1979)
6)腸チフス患者の臨床症状及び所見(1979)
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