HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.3 (1982/11[033])

<国内情報>
昭和56年度横須賀地区における小児のポリオ中和抗体保有状況


昭和50,52年に国家検定に合格した1型バルクワクチンはTマーカー,神経毒力共に従来のワクチンに比べ,非常に良好な成績を示した。しかし,50年のバルクが組み込まれた最終製品の投与(1976〜77年)の結果,ウイルスの排泄率および抗体陽転率が著しく低い事がわかり,ただちにワクチンの改善を勧告した1)。さらに,1975年から中断されていた厚生省流行予測事業の感受性調査が,1978年秋に実施されることになった。調査の結果,1型および3型が特定の年令層で抗体保有率が低い事が指摘され,その推移が注目されていた。たまたま昭和56年4月〜12月に横須賀地区で受診した小児患者について調査を行う機会を得た。測定された中和抗体の保有率を図に1:4以上の1段階についてのみ示した。

2型に対する抗体保有率は2才以上が95〜100%を示し,1963年の調査以来依然高い保有率を維持している。

1型では1〜3才および7才以上がほぼ80%以上の抗体保有率を示している。しかし,4〜6才では,他の型の抗体陽性率からワクチン投与は行き届いていると推測されるにもかかわらず,きわめて低い陽性率(55.5〜75%)を示した。この落ち込みは,1978年度の厚生省の調査で低い抗体保有率を指摘された低年令層(1〜3才)がそのまま高い年令層に移行したものと考えられる。これらの年令層は,昭和50,52年に国家検定に合格した1型バルクを組込んだ最終ワクチンが使用された時期に一致している(図)。昭和50年秋には他のワクチンも使用されている所もあるので,昭和51年春から初回を,53年春までに2回目投与を終えた年令層が抗体保有率が低い事が推測される。低年令層(1〜3才)での抗体保有率が1978年度以前の高い率に戻ったのは昭和53年秋から使用されたワクチンが改善された結果と考えられる。

3型については2〜8才までがほぼ80%以上のかなり高い抗体保有率を維持している。しかし,9〜10才では著しい落ち込みが見られる。この落ち込みは,1973,1978年度の厚生省の調査で,低い抗体保有率が指摘された年令層(1〜3才/1973年,6〜8才/1978年)が,1型と同様追加免疫を受ける機会なく順次高年令層に移行したものと思われる。

考察ならびに総括

1978年度厚生省の調査で,1,3型に対し低い抗体保有率を示した年令層が1981年度の横須賀地区の調査でそのまま高年令層に移行している事が明らかとなった。同様の傾向が同年度厚生省の調査の成績(未発刊)でも認められた。ことに1型の5才での落ち込みは著しく,1961年度緊急生ワクチン投与以前の状態を下回っている。生ワクチンの派生的効果とされている非投与者への接触感染による免疫獲得2)3)は我国では1,3型については期待できないことがわかった。

1型が2回投与後も抗体保有率が低かった理由の1つとして,1型単独投与ではウイルスの増殖,抗体産生もきわめて良好であったことから1),三価ワクチンの1回目投与後ウイルス間の干渉により腸管免疫のみ成立したため,2回目投与した1型ウイルスの増殖が阻止され,抗体が産生されなかった事が考えられる。この様な例にさらに以前のワクチンを投与した場合,少数例ではあるが全例にウイルスの増殖および抗体産生が認められた(未発表)。この事実から,腸管免疫が成立していたとしても,強毒株の侵入に耐えられるほど強いものとは考え難い。

我が国では1968年以来1型の強毒野生株は分離されていなかった。しかし,1979年6月,東大付属実験動物研究施設で1年近く飼育されていたチンパンジーの1頭が麻痺を起こし,1型の野生株が分離された4)。このウイルスはアフリカから新たに輸入されたチンパンジーによって持ち込まれた。また,最近成田に中近東から到着する飛行機から1型野生株が分離された5)。本年8月には台湾で10年振りに1型ポリオの大流行が起こり,9月7日までに388例の麻痺例が報告されている。その中にはワクチン投与を1〜2回受けていて発症した者100名,3回または以上20名が含まれている6)。(台湾の官報の統計では麻痺患者500名以上。台北市だけで入院患者300名,台北市でのワクチン投与率は80%以上とされているが,実際は60%を上回らなかったと推定されている−私信より)

従来,3型の流行は少なく緊急対策は必要ないかもしれない。しかし,1型については台湾と我が国では事情が異なるかもしれないが,強毒野生株が持ち込まれる機会が見られ始めたこと,また,抗体陰性者のポリオ常在地への旅行が多々ずる可能性を考慮すると緊急に適切な対応を講じる必要があろう。

文 献

1)中野 稔他:予研年報XXXI,122,1977

2)Sabin, A. B.;Am. J. Clin. Pathol. 70 ,136,1978

3)Sabin, A.B.;J. Am. Med. Assoc. 246,236,1981

4)中野 稔他;予研年報XXXIII,148,1979

5)小松 俊彦他;予研年報XXXV,146,1981

6)MMWR 31,36,493,1982



国立予防衛生研究所 中野 稔・吉井 久美子
神奈川県衛生研究所 小田 和正・鈴木 利寿
聖ヨゼフ病院 高宮 篤


昭和56年度横須賀地区における年令別ポリオ中和抗体保有率(≧4)
ポリオ抗体保有状況 1981年流行予測事業(≦1:4)





前へ 次へ
copyright
IASR