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Vol.4 (1983/2[036])

<国内情報>
最近3年間の無菌性髄膜炎150例の検討


 中枢神経系の感染症の中でも無菌性髄膜炎はわれわれ小児科医にとって,日常接触する機会の比較的多い疾患である。大部分がウイルスによって惹起されるとはいえ,その原因ウイルスをつきとめることは必ずしも容易ではない。

 今回われわれは川崎市立川崎病院に入院した最近3年間の無菌性髄膜炎を集計してみた。たまたま1980年は肺炎マイコプラズマの流行年であり,1981,1982年は風疹,そして1982年はまた川崎病の流行した年であったので,さまざまな原因による無菌性髄膜炎,および髄膜脳炎を経験し,その臨床的特徴を比較観察する機会に恵まれた。

〈対象および方法〉

 無菌性髄膜炎は,髄液の細胞増加(30/3以上)があるか,髄液よりウイルスが分離されるかのいずれかであって,かつ髄液の塗抹標本および培養にて細菌を認めなかった場合と定義した。対象は1979年4月より1982年8月までに川崎市立川崎病院小児科に入院した150例である。対象例を,想定された病原と基礎疾患別に分類し,臨床所見との関連を調査した。

〈結果〉

 1)対象例の性別は男:女=97:53,年令は生後10日より13才4ヶ月におよび,平均5才2ヶ月,平均入院日数25日で,月別平均発症数は7月が最多で9月,8月がこれに次いだ(図1)。

 2)病因を明らかにし得た例は81例であった(表1)。内訳はムンプスに伴った34例(A群),水痘に伴った4例(B群),風疹に伴った7例(C群),麻疹に伴った1例(D群),腸内ウイルス感染に伴った7例,(CB2;2例,CB5;1例,Echo18;1例,Echo11;1例,手足口病に伴った2例)(E群),単純ヘルペス2型感染に伴った1例(F群),肺炎マイコプラズマ感染に伴った5例(G群),川崎病に伴った24例(H群)であった。病原を明らかにし得なかった例は67例であった。

 3)A群ではムンプスがここ2〜3年中等度の流行があったためか,髄膜炎も6月をピークとして夏に多い傾向を認めた。髄膜刺激症状以外に腹痛を47%に認めた。経過中唾液腺腫脹を欠いた9例の平均発症年令は,唾液腺腫脹を伴った例より低い傾向にあった(5才台に対し3才台)(表2)。唾液腺腫脹を欠いた例にのみ脳炎,あるいは急性小脳失調の3例が属した。A群の5例が経過中他のウイルス感染を合併し,内訳は水痘2例,肺炎マイコ1例,風疹1例,A型インフルエンザ1例である。その5例中3例は唾液腺腫脹を欠いていた。検査所見では,髄膜細胞数が平均1139/3と他群に比し多かった。髄液糖濃度はA群で平均44mg/dlと他群より低く,最低値14mg/dlを示した例もあった。髄液糖低下(hypoglycorrhachia)を髄液糖濃度40mg/dl以下,あるいは対血糖比0.5以下と定義すると,15例(44%)に認められ,他群よりも高率であった(表3)。

 4)B〜G群では髄膜脳炎例が多く,風疹は全例脳炎を合併していたが,後遺症は1例もなく,後遺症の残った4例はそれぞれ麻疹1例,肺炎マイコ1例,その他病原不明群に2例であった(表4)。

 5)H群は全例で臨床的に髄膜刺激症状を認めず,検査所見でも髄液細胞増多の程度が他群に比し軽かった。

 6)E群で,髄膜刺激症状がありながら,第2病日の髄液細胞数は0であり,その時点の髄液中よりCoxsackie B2の分離に成功した例があった。

〈総括〉

 1.無菌性髄膜炎の中ではムンプス髄膜炎の頻度がかなり高く,また,唾液腺腫脹を欠く例もあるため,ムンプスを忘れないようにしなくてはならない。

 2.少数例の経験ではあるが,唾液腺腫脹を伴わないムンプス髄膜炎の臨床像に特徴がみられた。

 3.ムンプス髄膜炎では髄液糖低下がかなり高率に認められ,従来の報告を再確認した。

 4.今回はすべての症例にウイルス分離を試みたわけではないので,腸内ウイルスによる無菌性髄膜炎の例数が少なかったが,月別平均発症数は夏にピークを認めたこと,また病因不明群で下痢を伴う例が多かったことなどを考えると,この群に腸内で増殖するウイルスによるものが相当数含まれると考えられる。

 5.典型的な髄膜刺激症状がありながら髄液細胞増多を認めない,いわゆるメニンギスムスと診断されてきた症例の中には,ウイルス性髄膜炎の含まれていることが今回示唆された。

 Chonmaitree等は,髄液細胞増多がくり返し行われた髄液検査でも確認できないにもかかわらず,その髄液中よりウイルスを分離し得た1例を報告している。メニンギスムス例では髄液のウイルス学的検索が重要であり,さらに髄液細胞増多のないことだけからでは,髄液へのウイルスの侵入を否定できないと思われた。



川崎市立川崎病院小児科 冨井 郁子,渡辺 淳,武内 可尚
国立予防衛生研究所 長谷川 斐子


図1.無菌性髄膜炎の月別平均症例数
表1.無菌性髄膜炎の原因 想定病原/基礎疾患による分類
表2.ムンプス髄膜炎の唾液腺腫脹の有無と臨床特徴
表3.無菌性髄膜炎例の髄液検査所見
表4.髄膜脳炎例と予後





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