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(東京都微生物検査情報第4巻第7号より転載)
1983年7月1日,某企業が社員及び関係者を招いて開催した講演会参加者の中から,咽頭炎症状を呈するものが多発するという事件が起こった。所轄の荏原保健所が中心となって実施された調査の結果をもとに,以下にその概略を紹介する。
講演会参加者は912名,これに対して罹患状況と講演会場での喫食状況についてのアンケート調査が実施され,890名(97.6%)から回答がえられた。それによれば,発病の事実ありとしたものは583名(65.5%)で,性・年齢別および所属別にみて発症率の差は認められなかった。主な症状は,咽頭痛(90.9%),発熱(81.1%),倦怠感(79.9%),咽頭部のはれ(72.0%),頭痛(63.1%),関節痛(59.9%)などで,一部には下痢(16.8%),嘔気(11.0%),嘔吐(2.6%)など消化器系の症状を訴えたものもあった。皮膚に発疹を認めたものは2.2%であった。有症者中臥床を要したもの67.6%,発熱ありと答えたもののうち38℃以上の体温上昇をみたものは69.3%であり,比較的重症であったことをうかがわせる。
発病日の分布は図に示す通りで,単一曝露による共通経路感染型であった。
参加者78名について咽頭ぬぐい液が採取され,当研究所細菌第二研究科で病原菌の検索を実施した。その結果,有症者49例中23例(46.9%),非発症者25例中4例(16.0%)からA群レンサ球菌(非発症者1例からの株を除き,すべてT凝集反応による13型)が分離された。また,二週間の間隔をおいて採取された血清について抗ストレプトリジンO価が測定されたが,患者群では明らかな抗体価の上昇が認められた。
講演会の席では,サンドイッチと牛乳がくばられ,参加者は講演の開始に先立ち午後6時頃これを喫食している。喫食調査の結果,発病者群では非発病者と比較して卵サンドイッチの喫食率が高く,その差はX2検定において有意であった。サンドイッチの調理にあたったパン屋の従業員4名の咽頭ぬぐい液も検査されたが,卵サンドイッチの調理を担当した2名から,患者と同一菌型のA群レンサ球菌が分離された。ただし,これら2名の発病の事実は否定しているので,保菌者であったのかもしれない。
サンドイッチおよびその材料の残品の収去・検査ができなかったので,推定の根拠はやや薄弱であるが,サンドイッチの調理過程でこれが調理人の保菌していたレンサ球菌により汚染され,喫食までの間に増菌され,事故の原因となった疑いがもたれる。調理が開始されたのが7月1日の午前5時頃で,納入は同日午後5時30分であり,その間サンドイッチは冷蔵保管されなかったという状況から考えると,菌の増殖には好適な条件であったといえる。なお,講演会場の空調系統から材料を採取し,検査しているが,レンサ球菌は検出されなかった。また,講演会主催起業の嘱託医が,この集団発生はレジオネラ症ではないかとの疑いを持っているというので,その方の検査を実施したが,今のところそれを裏付ける何らの結果も得られていない。
食品を介してレンサ球菌による咽頭炎が集団的に発生することがある。このことは欧米では周知の事実で,事例報告も多い。そしてミルク,卵を材料とした食品が原因となった例が多い。しかし,わが国ではあまり知られておらず,1967年埼玉県で給食を介して小・中学校の児童・生徒間に発生した例が報告されている程度である。興味のある事例であると思われるので紹介しておく。
発病日分布(発病日不明の23例を除く)
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