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Vol.5 (1984/4[050])

<特集>
最近の日本における日本脳炎


 1.患者発生

 日本における日本脳炎患者数として記録されるものに2種類あることに留意すべきである。その1は厚生省統計情報部から発表される真性患者数であり,法定伝染病の届出による数を集計したものである。この数は臨床決定を根拠としているために,病原診断学的には問題がある。その2は厚生省保健情報課が各都道府県衛生部と共に行っている日本脳炎患者監視事業による患者個人票の集計によるもので,実験室診断陽性者と定型的死亡例のみをとりあげているもので,病原学的には後者の信頼度が高い。表1に我が国で日本脳炎が法定伝染病の指定を受けた1948年(昭和23年)から1983年までの患者数をあげた。1948年から1964年までは上記の真性患者報告数であるが,1965年から日本脳炎患者監視事業が実施されているので,確認患者および定型的死亡例数をあげている。

 表1の患者数の推移をみると,1967年以来日本で患者数が急速に減少しているのがわかるが,1978年以後多少復活の傾向がうかがえる。事実この頃からウイルスの活動状況を示すブタ感染が全国的に拡大,定着の傾向が現われている。1966年以来,我が国の日本脳炎患者に60歳以上の高齢者の占める割合が圧倒的に多く,全患者数の約半数を占めている。かつての多発年齢の5〜9歳の患者が減少したのは予防接種の普及の効果と考えられる。事実患者の予防接種歴を個人票からひろってみると,1978〜1983年の6年間の患者289名中予防接種を本年受けたもの2例,以前受けたものは6名にすぎない。問題なのは5歳以下の幼年者の患者が33名(11.4%)を占めていることで,予防接種を実施していない。これに対し,6〜9歳は8名(2.8%)にすぎない。

 地方別患者発生をみると,1974年から1981年までの8年間に関東以北の患者発生は神奈川の2名秋田の1名の3名のみであったが,1982年に千葉で3名,1983年に千葉で2名,茨城で2名の発生があったことが気にかかる。関東以北は永年患者発生が稀なため,予防接種に対する関心が稀薄化しつつある。図1は1981年に実施した地方別住民の中和抗体保有率であるが,宮城,群馬,東京は熊本,福岡,愛媛,三重の各県に比し明らかに低い。つぎに述べるブタ感染域の拡大と共に患者が多発するのではないかと心配である。



 2.流行要因

 1979年以降,我が国における患者発生の減少には媒介蚊であるコガタアカイエカの発生減少が主原因の1つであることはまずまちがいないと思われる。なぜコガタアカイエカの発生が減少したかについては多くの原因があげられているが,その1つにコガタアカイエカの幼虫に殺虫力のある農薬の水田への散布の普及があげられよう。ところが昨年,富山県の上村らによって同県のコガタアカイエカの幼虫が明らかに有機燐剤抵抗性を獲得していることが示された。上村らは他県でも同様な現象が起こりつつあることを示唆している。これを裏付けるかのように本年2月,京都で開催された近畿地区日本脳炎研究会において,京都市,滋賀県などで最近コガタアカイエカの発生数が漸増しているとの成績が発表された。媒介蚊の発生が増加すれば,日本脳炎ウイルス感染機会は増大する。1983年,日本脳炎流行予測事業の下に実施されたブタ感染調査によると,滋賀県,奈良県では異例の早さでブタ感染が活発化し,全国における感染拡大の様相もかつての流行期に似てきている(図2)。日本脳炎の流行は再び活発化するか,媒介蚊の発生,ブタ感染の推移,ヒト免疫度など流行要因の動きを慎重に見守る必要がある。



表1.日本における日本脳炎患者報告数と確定数(1948〜1983年)
図1.県別中和抗体保有率の比較 1981年
図2.昭和58年夏季のブタの日本脳炎感染状況





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