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1983年8月30日の夕刻,ある刑務所で,少なくとも42人がビーフシチュー,クリームポテト,そしてエンドウをメニューとする食事を摂り,1時間半から3時間後の間に,嘔気,胃痛,嘔吐そして下痢をおこした。多くの場合,症状の続いたのは12時間以内で,翌朝に異常を訴えたのは42人中9人であった。
肉の調理は食卓に出される直前であったという。生の細切りした牛肉は,その朝すでに料理されていたトマトとにんじんと一緒に煮込まれ,そのあと調理場に放置された。前日の残りの野菜が同時に煮込まれたという報告もあったが,実証されてはいない。ボイルは1時間程なされたが,この間絶えずぐつぐつ沸騰状態で煮えていた様子はなかったという。約200人がこのビーフシチューを選んだが,数名はすっぱい臭いがするといって実際には摂取しなかった。しかし,正確に何人が食したかははっきりしない。
42名のうち便を検査に提出できたものは4名で,発症24時間以内の便であった。問題となっているビーフシチューもまた細菌検査に付された。これらすべての標本からB. cereusが106/g以上の生菌数で分離された。他の食中毒菌はSalmonella,Clostridium perfringens,Staphylococcus aureusを含めてすべて陰性であった。分離されたB. cereus株はFood Hygiene Laboratoryに送付されて更に詳細な調査をうけた。その結果,この集団発生は血清型H1に属する単一株によるもので,便中からは1.2×109/g,シチュ−からは1.3×109/gレベルの菌数が分離できた。
B. cereusのエンテロトキシン検出のため,この毒素に極めて感度の高い細胞株INT−407,MRC−5,そしてY−1に対する細胞毒性を,食品や便の無菌抽出液を用いて観察した。食品抽出液の高い細胞毒性は50℃60分の加熱,またはB. cereus抗毒素によって中和された。これによって原因食は,エンテロトキシンによって汚染されたビーフシチューであることが証明されたが,便抽出液の細胞毒性はほとんど健康便のレベルであった。
調理過程の報告から,汚染の原因は残りものの野菜であり,そこに存在したB. cereusの芽胞が料理によって破壊されず,一般のなりゆき室温に長く放置されて栄養型に戻り,毒素を生産したものと考えられる。英国におけるB. cereusによる嘔吐型食中毒はほとんどが調理された米によるものであるが,そうした食中毒発生の75%は血清型H1によるものである。一方,平均8〜16時間の潜伏期をもつ下痢型食中毒は,野菜や肉の料理に起因するものが多く,その25%ぐらいが血清型H1によるものである。今回みられたB. cereus食中毒は上記双方の特徴を兼ねているもので,そうした2つの型はあるにしても,特定の血清型やエンテロトキシンによるものでないことを示唆している。
(CDR,84/21,1984)
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