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Vol.5 (1984/11[057])

<国内情報>
ボツリヌス食中毒検査雑感


 6月23日の夜,長崎市内でボツリヌス食中毒が発生し,現在治療用抗毒素血清を手配中であるとの一報を受けた。市内某病院の医師が臨床症状からボツリヌス食中毒と診断したという。

 ボツリヌス食中毒なら東北地方という既成観念があり,検査体制は全くの不備,加えて研究員のなかにもその経験者はいないという状況のなかで,半信半疑ではあったが明日からの対応についてしばらく思案した。

 長崎県には食品衛生法に基づく政令市2市(長崎市−佐世保市)があり,政令市内で発生した食中毒事件は政令市で対応し,衛研に検体が搬入される事例はほとんどない。今回もその例にもれず,当初長崎市で検査が進められたが,事態を重視した行政側が関係機関の会議をもち,そのなかで長崎市と衛研との検査分担が明確にされた。本事件の検体が衛研に搬入されたのは事件発生後4日を経過していた。

 その間,やきもきしながらも培地や器具類の準備,診断用抗毒素血清やマウスの手配等をすませ,青森衛研の所報等を参考に検査方法の検討を十分に行うことができたので,検査体制の整備には手間どったものの,比較的スムースに検査を進めることができた。

 増菌培地は0.1%可溶性デンプン加クックドミート培地を主体に,分離培地は5%卵黄加GAM培地と血液寒天培地を併用し,ガスパック法で30℃,37℃で培養した。マウスを用いた毒性試験については未経験であり,最初とまどったが,慣れるに従ってマウスの独特の症状もわかるようになった。ただ,検体の処理が終ってマウスに接種するのがいつも夕方になり,朝方までマウスの観察を続けなければならないのには困った。マウスに接種後少なくとも4日間観察し,マウスの生死をもって判定するとあるが,観察する時間をあらかじめ決めておけば良かったと後で反省したことであった。

 検査を進めるなかで,患者が喫食したからしれんこんの残品であるとのことで検査したところ,ボツリヌス毒素を検出しない事例に遭遇し困惑したが,事実は患者の喫食残品ではなく,同じ箱に詰められた他の包装のものであることが判明した。同じ箱に入っているから原因食品だということで当所へ搬入されたと思われるが,検体を受け取る時にその検体の状況をくわしく聴取する必要があると痛感した。

 また,他の病名ですでに死亡している患者について,残された少量の血清からボツリヌス毒素を証明してほしいとの依頼もうけたが,思いあまって大阪府立大の阪口玄二先生にお願いし,毒素を検出していただき,ボツリヌス食中毒による死亡を確認した事例もあった。

 その後も患者が続発し,県内で患者6名,死者3名,全国では患者36名,死者11名という大規模なボツリヌス食中毒事件に進展したが,過日,厚生省の調査検討委員会の最終報告書も発表され,数々の食品衛生上の教訓を残しつつ,また,我々研究機関にも地方衛生研究所間の連絡調整や検査技術の研修等について問題を残しながら一応の集結をみた。

 最後に,この事件を契機に近年急増しつつある真空包装食品の安全性の見直しという点から,60年度の当初の研究テーマの一つとして真空包装食品の嫌気性菌汚染状況調査をとりあげたことを付記する。



長崎県衛生公害研究所 中村 和人





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