HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.6 (1985/4[062])

<国内情報>
E. coli O157:H7によると思われる出血性大腸炎と腎炎を続発した一例


大腸菌による下痢症はこれまで毒素原性大腸菌(ETEC),侵襲性大腸菌(EIEC),および病原性大腸菌(EPEC)があるが,これらに属する大腸菌の多くはその血清型がほぼ限られたものである。ところが近年,アメリカ合衆国やカナダで出血を伴った大腸菌の集団発生例から分離された大腸菌はほとんど報告のみられないO157:H7という血清型でVero細胞に壊死性の細胞変性をおこすVerotoxin(VT)を産生するといわれている。

そこでわが国においても本血清型大腸菌による下痢症が存在するのか,このような大腸菌が分離されるかどうか興味のあるところであり,散発下痢症例を対象として調査をおこない明らかにそれと思われる事例を経験したのでその概要を報告する。

対象とした下痢患者は1984年4月以降に下痢を主要症状として病院外来を訪れた464名で,初診時に採取したキャリーブレア培地保存糞便を検査材料とした。検査用培地は本菌がソルビット非または遅分解であることから乳糖をソルビットに置換したマクコンキー寒天(日水)平板を使用した。分離菌株の血清型別は国立予防衛生研究所,坂崎利一博士に依頼した。

検査した464検体のうち1検体のみからE. coli O157:H7が分離された。

患者は2歳10ヵ月の男児で1984年8月22日に腹痛と水様性下痢で発病したが,第4病日にかなりの出血を伴う下痢となり受診した。このときの問診および症状では1日10回以上の血性下痢と腹痛のみで発熱や嘔気,嘔吐はみられなかった。治療はアミノベンジルペニシリン内服によった。血性下痢は5日間続いた。

この患者の兄(5歳)もまた8月22日に水様性下痢と腹痛で発病し,第4病日には血性下痢となったが弟ほどの回数ではなかったため出血および腹痛が激しくなった第6病日受診した。弟と同じ抗生物質の投与により第10病日には下痢,腹痛は消失したが,第11病日には眼瞼の浮腫がみられ,さらに第13病日には著明な全身の浮腫と頭痛のため再度受診した。そのときの検尿でタンパク尿,血尿がみられたが各種の生化学,血液,血清学的所見には著変が認められず腎外症候性腎炎の診断により9月12日まで入院加療をおこなった(表1)。

分離菌株の生化学的性状はアメリカでの集団発生例の菌株(Wells, J. G. et al. 1983)とよく一致し,ソルビットを37℃で7日後に分解する以外は定型的なE. coliの性状であった。

毒素産生は除鉄したBrain Heart Infusion(Difco)で1〜4日間振とう培養をおこなったのちの培養濾液についてテストした(表2)。4日培養濾液のみに明らかなVT産生が認められマウス腹腔内注射による致死活性も認められた。へい死マウスは注射後70〜80時間後,後肢麻痺あるいは眼に異常がみられた。LTやSTの産生は認められなかった。

兄の保存糞便中のVT力価は約4ヵ月の保存にもかかわらず,10倍まで認められ,第20病日に採取した血清中のVT中和抗体価は4単位のVTを使ったテストでは8倍であった。このことから本患者も弟と同じくE. coli O157:H7による感染が考えられる。

これらのことからE. coli O157:H7による出血性大腸炎がわが国でも認められたこと,さらに腸炎が軽快したのち腎炎を続発したと考えられる症例をも経験したことは今後の詳細な細菌学的検索によりさらに多くの感染症例が明らかになることと思われる。また早急に本血清型E. coliの汚染実態調査が必要と考えられる。

なお本分離株のVTは精製志賀赤痢菌抗毒素により完全に中和されることが国立予防衛生研究所坂崎利一博士らによって確認された。



大阪府公衆衛生研究所 小林一寛


表1.各種の臨床検査所見
表2.分離株の毒素原性試験





前へ 次へ
copyright
IASR