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大腸菌の病原因子としては定着性(colonization factor, pili),腸管上皮細胞侵入性,コレラ毒素(CT)とsubunitが共通な易熱性毒素(LT),耐熱性毒素(ST)の産生性に関連してプラスミド遺伝子が解析されてきた。ところが最近,米国,カナダ各地で溶血性尿毒症症候群患者便,出血性大腸炎集団発生時の患者便およびハンバーガーから分離された血清型O157:H7の大腸菌はLT,STを産生せず,志賀赤痢菌1型が産生する志賀毒素を産生する。この毒素は精製志賀毒素に対する抗毒素血清で完全に中和され,血清型O26の大腸菌株H30,志賀赤痢菌1型の60R型から精製された毒素は同じsubunit構造をもっていた。血清型O157:H7の大腸菌株933およびH−19株から紫外線照射誘導によってファージが分離され,それぞれ933JおよびH−19Jと命名されたが,共に大腸菌K−12株を溶原化させるとK−12は高力価の志賀毒素を産生するようになった。ファージ933JおよびH−19Jの電子顕微鏡的形態,構成ポリペプチド,DNAの制限酵素切断パターンを比較することによってこの両者は同一か,きわめて類似したファージであることがわかった。大腸菌H−19からは他にH−19A,H−19Bというファージ,大腸菌933からは933Wと名づけられたファージが他の機会に自発的に遊離して分離されていたが,933Wの力価は58℃30分加熱で1000分の1に低下し,他のファージは安定であった。これらのファージで溶原化された菌が他のファージに免疫になるか否かという解析をおこなうことにより,H−19AはH−19JそのものであるがH−19Bは異なるファージであること,しかし,H−19A/JもH−19Bも共に菌を溶原化すると高力価の志賀毒素を産生させるようになることが判明した。大腸菌933から遊離されるファージ933Jと933Wも大腸菌を溶原化して志賀毒素を産生させるが,933JはH−19A/Jと形態,ビリオン蛋白,DNAの制限酵素切断パターンから判断すると同じであるが,933Jは933Wが溶原化した大腸菌C600菌苔には溶菌斑はつくらないが,H−19A/Jはつくるという点で相違する。結論として自然界には志賀毒素産生性を伝達するファージの一族(family)が存在するということができる。さらに研究することによって血清型O145,O111,O26の大腸菌もヒトに下痢をおこすが,この族がファージをもっていることがわかりつつある。しかし,大腸菌K−12も微量ながら志賀毒素を産生するので志賀毒素の産生暗号は大腸菌の構造遺伝子であって,上述のファージ族の遺伝子は毒素産生力価を高くするように働くのか,あるいは毒素産生暗号そのものをもっているのか,さらに研究を要する。
(Science, 226, No.4675, 1984)
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