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Vol.6 (1985/6[064])

<国内情報>
川崎市における下痢症患者由来大腸菌のShigalike toxin産生性


下痢原性大腸菌は,現在,その発症メカニズムにより,毒素原性大腸菌(ETEC),腸管組織侵入性大腸菌(EIEC),腸管病原性大腸菌(EPEC)の3型に区別されている。

近年,アメリカやカナダにおいて,Vero細胞やHeLa細胞に対して致死活性を有する毒素を産生するEscherichia coli O157:H7が出血性大腸炎の原因菌として検出され,ETEC,EIEC,EPECのカテゴリーに含まれない新しい下痢原性大腸菌として注目されてきている。また,E. coli O157:H7は幼児の出血性尿毒症性症候群(HUS)の便からも検出されている。その後の研究により,本毒素は精製Shiga toxin抗毒素で中和されるのでShiga-like toxin(SLT)と呼ばれている。そこで私達は,川崎市内の散発下痢症患者や海外帰国者由来大腸菌と当所の保存EPEC,ETEC,EIEC株についてSLT産生性を検討したので報告する。

方法を略述すると次のとおりである。CAYE培地で振盪培養した菌液の遠心上清を被検液として,マイクロタイタープレートに単層形成したVero細胞に接種し,96時間まで形態変化を観察した。陽性対照としてはE. coli O157:H7 EDL931およびEDL932を用いた。

散発下痢症患者および海外帰国者由来大腸菌のSLT産生性は,表1に示すとおりである。すなわち,散発下痢症患者1671名由来1790株と海外帰国者232名由来240株の合計1903名由来2030株の大腸菌のSLT産生株は19株(1.0%)であり,下痢症患者由来15株(0.9%),海外帰国者由来4株(1.7%)であった。SLT産生株の血清型は,出血性大腸炎の原因菌と同型であるO157:H7(国立予研・坂崎利一博士による)が1株分離されたのをはじめ,O26が3株,O111が2株,O128が2株のEPECの血清型に該当する株が7株,O抗原同定中11株であった。一方,当所のEPEC,ETEC,EIEC保存株455株のSLT産生株は10株(2.2%)で,その血清型もO26:4株,O111:4株,O128:2株のEPEC血清型該当菌であった。なおSLT産生株の溶血活性は,全株とも陰性であった。

また,SLT産生19株の毒素量をPBS(−)により,2倍段階希釈法で定量したところ,20倍から5120倍以上の毒素産生量であった。特に,O157:H7では5120倍以上,O26では2560倍,O111では1280倍であった。陽性対照EDL931,EDL932では5120倍以上のタイターを示していた。

次に,SLT産生大腸菌による下痢症患者の代表的な臨床症状はそれぞれ次のとおりであった。O157の検出された症例,58歳男性:悪心+,嘔吐+,腹痛+,発熱−,粘液性下痢が7〜9回/日で,便中に血液の混入は認められなかった。またO26の症例は,3歳女児:悪心−,嘔吐−,腹痛+,発熱38℃,水溶性下痢6回/日。O111の症例は,10歳女児:悪心+,嘔吐+,腹痛+,発熱38℃,水溶性下痢3回/日であった。今回の調査期間中,その他の症例においても出血性大腸炎やHUSを疑われる症例は認められなかった。

このように,本市における下痢症患者由来大腸菌よりSLT産生株が検出され,特に出血性大腸炎の原因菌と同型菌のO157:H7も1名より検出された。さらに,いわゆる病原性大腸菌におけるSLT産生性は,O26,O111,O128などのEPEC血清型より検出され,EPECによる下痢発現の一要因としてSLTが関与していることを示唆するものであった。また,大量の検体よりSLTを検定する場合,簡便で経済的なマイクロタイターカルチャー法が有用であると思われた。

今回,私達の分離したE. coli O157:H7はソルビット遅分解(5日目)株であり,分離に際しマッコンキー寒天培地の乳糖をソルビットに置換した変法マッコンキー寒天培地を使用した。したがって,出血性大腸菌やHUSの疑われる検体の原因菌検索には,乳糖をソルビットに置換した変法マッコンキー寒天培地やBTBソルビット寒天培地等を併用することを推奨したい。



川崎市衛生研究所 小川正之 中村武雄


表1.下痢症患者由来大腸菌のShiga-like toxin産生性





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