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Vol.6 (1985/6[064])

<国内情報>
Cytotoxin産生大腸菌(O145:H−)による集団食中毒事例について


1984年1月〜12月の1年間に東京都内で発生した細菌性食中毒は96例,患者数2671名であった。このうち腸管病原大腸菌による食中毒例は6例認められた。4例が毒素原性大腸菌(ETEC),1例が病原大腸菌(EPEC)および1例が現在までに報告されていない血清型の大腸菌O145:H−によるものであった。

集団例から検出された大腸菌O145:H−は,従来から知られている易熱性毒素(LT)や耐熱性毒素(ST)陰性であったし,組織侵入性も認められなかった。しかし,培養上清中にVero細胞などに対する細胞毒性やマウス致死毒性がみられ,現在注目されているShiga toxinやShiga-like toxinに類似する毒素が産生されていると考えられる知見を得た。本食中毒例の概要について紹介する。

疫学調査成績:1984年5月30日〜6月7日にかけて東京都の某小学校において学童1023名中100名(発病率9.8%)が胃腸炎症状を呈した。日別の患者発病日の分布は6月4日にピークが認められる一峰性で,単一暴露による流行と推定された。患者は1年生から6年生までの全学年に認められ,特定のクラスや学年にかたよる傾向がなかった。ただし,保健所の調査では教職員の間に発病者はみられなかった。

主要臨床症状は,腹痛(94%),下痢(79%),発熱(30%),嘔気(14%),嘔吐(12%)であった。下痢はほとんどが1日数回の水様便であったが,一部血便も認められた。85名が受診し,うち3名が入院した。

近隣の家庭や学校から類似の患者発生を認めないことより,当小学校の所在する地域での流行ではなく,小学校での給食が原因と推定されたが,疫学調査や細菌学的検査からは原因食品を明確にすることができなかった。

当小学校では飲料水は給水配管が本管に直結された水道水を用いていた。地中配管は末端給水栓までの距離が長く,複雑に迂回して老朽化していた。そのため,水系感染も考慮したが,飲料水の検査では末端での残留塩素は0.2ppmであり,一般細菌や大腸菌群および病原菌は陰性であったことから飲料水からの感染は否定された。

細菌学的検査成績:本流行例の原因物質を究明するため学童の糞便を対象に細菌やウイルスの検索を実施した。患者糞便からはサルモネラやカンピロバクターなど既知の病原菌は検出されなかった。また,ロタウイルスなど下痢原性ウイルスも陰性であった。

しかし,患者糞便95件中78件(82%),非発病者糞便944件中481件(51%)から同一性状を示す大腸菌O145:H−が検出され,本菌が原因菌であると推定された。

患者糞便中の当該菌の排菌量は3〜4病日の糞便10件について検討したところ,糞便1g当たり105〜109個であった。すなわち,原因菌と推定された大腸菌O145:H−は腸管内で増殖したことが推察された。

本菌のエンテロトキシン産生性を常法に従って検討したところ,LT・ST両毒素とも陰性であり,モルモットによるSerenyテストも陰性であった。その他の生物活性も検討した結果,BHIブイヨン培養菌あるいはその培養上清はウサギ腸管結紮ループ試験で液体の貯留を惹起し,腸管毒素の産生が示唆された。また,本培養上清をマウスの尾静脈あるいは腹腔内に接種すると,マウスは約3日後に死亡した。このマウス致死毒性はBHIブイヨン培養上清の256倍希釈まで認められた。本上清を60℃30分処理してもマウス致死活性は失活しなかったが,80℃10分の処理では失活し,本毒素は易熱性であると考えられた。また,FL,HEp2,Veroなどの培養細胞に対する細胞毒性が認められた。ただし,モルモットでの皮膚毛細血管透過性試験は陰性であった。

これらの生物学的活性は志賀赤痢菌の産生するShiga toxinや大腸菌O157:H7が産生するShiga-like toxinに類似した。しかし,東大医科研竹田博士から分与された抗Shiga toxinおよび,抗Shiga-like toxin血清によってもマウスに対する致死作用は中和されず,これらの毒素とは免疫学的に異なるようである。



東京都立衛生研究所 伊藤 武





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