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Vol.7 (1986/1[071])

<資料>
パラチフスの伝染病予防法上の取り扱いについて


 当小委員会は,パラチフスの伝染病予防法上の取り扱いについて検討を重ねてきた結果,昭和59年6月22日,下記のごとく伝染病予防法に定めるパラチフスの起因菌は,パラチフスA菌に限定するのが適当である結論に達した。





 パラチフスの伝染病予防法上の取り扱いについて

(腸チフス小委員会報告)

 パラチフスは,伝染病予防法の対象疾病の1つであるが,近年の細菌学の進歩に伴って,その病原体の検出,同定が広く実施されるようになった。その結果,パラチフスB菌の同定をめぐる問題,特にサルモネラ・ジャバとの鑑別がクローズアップされるに至った。そしてこの問題は,伝染病予防法において定めるパラチフスの定義に関係なしとしない。そこで,腸チフス小委員会では,昭和55年以降今日まで数次にわたり,パラチフスの取り扱いを適切なものとするため,その病原,臨床像,疫学等について検討を重ねてきた結果,次の結論に達した。

 1)パラチフスB菌とサルモネラ・ジャバ菌の鑑別性状として従来から提唱されているD−酒石酸塩利用性,酢酸ナトリウム利用性,粘液堤形成および抗原構造を検討した結果,両者を区別するのは困難であり,ともにパラチフスB菌とするのが適当である。

 2)パラチフスA菌による感染例の臨床像および疫学は,腸チフスと区別することが困難であり,一方パラチフスB菌およびC菌によるものは一般のサルモネラ症に相当すると考えられる。このことから伝染病予防法に定めるパラチフスはパラチフスA菌による感染に限るのが適当である。

資料

 1.パラチフスB菌とサルモネラ・ジャバ菌について従来利用されてきた両菌の鑑別法は次の通りである。

  性 状      パラチフスB菌 サルモネラ・ジャバ菌

D−酒石酸塩利用性     −        +

酢酸ナトリウム利用法    −        +

粘液堤形成         −        +

抗原構造        b:1,2  b:1,2またはb:−

これらの鑑別点について本委員会で検討した結果を以下に述べる。

 a)D−酒石酸塩利用性

 パラチフスB菌と同定された20株について調べたところ,D−酒石酸塩利用性陽性の集落の解離が約半数の株で認められ,ある株ではかなり高頻度であった (本月報参照)

 b)酢酸ナトリウム利用性

 196株について調べたところ,D−酒石酸塩利用性,酢酸ナトリウム利用性がともに陰性を示すパラチフスB菌型は60株(31%),ともに陽性を示すサルモネラ・ジャバ菌型は60株(31%),残りの38%はいずれとも同定しかねた。

 c)粘液堤形成

 上記の196株について調べたところ,D−酒石酸塩利用性陰性で,粘液堤を形成するパラチフスB菌型は102株(52%),D−酒石酸塩利用性陽性で粘液堤を形成しないサルモネラ・ジャバ菌型は58株(30%),残り18%はいずれとも同定しかねた。

 d)抗原構造

 現在,自然界から単相菌の分離例はほとんどみられない。

 田村らは,D−酒石酸塩利用性,酢酸ナトリウム利用性,粘液堤形成の三つの生物学的性状試験の結果,パラチフスB菌型,サルモネラ・ジャバ菌型はともに約40%を占めたが,残り20%は両者のいずれとも同定しかねる菌であることを報告している※。さらに,Bergey's Manual of Systematic Bacteriology Vol.1(1984)によると,サルモネラ・ジャバ菌は独立した血清型としては扱われておらず,パラチフスB菌のD−酒石酸塩利用性陽性変異型として位置づけられている。

 以上のことから,両菌の明確な鑑別は理論的にも技術的にも無理であり,両菌をパラチフスB菌として扱うのが妥当である。

 2.パラチフスA菌およびパラチフスB菌(サルモネラ・ジャバ菌を含む)による感染の臨床的,疫学的比較

 a)臨床像について

 1979〜1983年の間に報告された腸チフス患者管理カードを分析すると,パラチフスA菌による感染例では,バラ疹,脾腫等の症状および血液からの菌の検出がパラチフスB菌による例と比較して有意に高く,チフス様症状を起こすポテンシャルは腸チフスに相当すると考えられる。一方,パラチフスB菌による感染例では,胃腸炎型が主体であり(表1,2),他のサルモネラ感染症と区別できないと考えられる。

 b)自然界における菌の分布

 パラチフスA菌による感染は,腸チフスと同様,原則としてヒトの病気であり,本菌が動物から分離されることは少ない。これに対し,パラチフスB菌は各種動物,食品等からの分離が比較的多くみられる (表3本月報)。

 c)感染経路について

 パラチフスA菌による感染は,従来から少量の菌で成立し,ヒトからヒトへの伝播,水系流行が起こる。一方,パラチフスB菌による感染は,その他のサルモネラ症と同じく,ヒトからヒトへの伝播,水系流行は稀である。従来のサルモネラ・ジャバ菌による集団発生は,大部分が食品によるもので,多くは食中毒事例として処理されていた(表4)。それらが二次流行に発展したという報告もない。

 3.パラチフスC菌およびその感染症について

 パラチフスC菌の検出例は少ないが,パラチフスB菌と同様,動物からの分離が比較的多いとされる。我が国では本菌による集団発生はこれまで例をみない。また,本菌による感染は胃腸炎が主体であり,一般のサルモネラ症に相当するものと考えられる。

 以上のことから,伝染病予防法で定めるパラチフスは,パラチフスA菌による感染に限定するのが適当である。

 ※田村和満他,Salmonella paratyphi BおよびS.javaの異同性について,感染症学雑誌,Vol.56,1025-1031,1982



公衆衛生審議会伝染病予防部会 腸チフス小委員会委員長 福見 秀雄


表1.1979年から1983年の患者管理カードからの分析
表2.Clinical manifestations of salmonellosis
表3.サルモネラ属・菌種の検出状況
表4.昭和50年〜56年のサルモネラ・ジャバ菌による食中毒事例(全国食中毒事件録より)





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