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ロタウイルス感染症は通常急性感染症の経過をとる。この際乳児はおよそ1週間ロタウイルスを排泄する。このような急性感染例に加えて最近ロタウイルスに慢性感染が存在する知見が欧米の研究者から報告されている。1),2)罹患例はいまのところ免疫不全の乳幼児に限られているが,下痢に伴わないロタウイルスは数ヶ月から1年ほど便中に検出される。しかも得られたウイルス粒子は,本来の11本の分節RNAゲノムのほかに多数個の余分な分節を保有しているのが特徴的である。同一個体から多様なRNAパターンを示すロタウイルスが検出されるこれらの症例は,ロタウイルスの変異を解明していく上で貴重な知見を提供するものと思われる。
我々は,最近,ロタウイルスに感染した免疫不全の症例を調べる機会を得た。以下に今日までに得られた結果の概要を報告する。
T細胞の数の減少と機能低下,IgAの欠損,IgGとIgMの低値のため,重症複合型免疫不全(SCID)と診断された生後5ヶ月の男児で,昭和59年5月22日採取された下痢便,以後60年3月8日死亡するまでの約10ヶ月の間に9回採取されたすべての下痢便から,R−PHA法(ロタセル使用)とEM法により,ロタウイルスを検出した。なお,RNA分析に供試した糞便材料中には他のウイルスは検出されていない。
ここでは,昭和59年6月15日,59年7月27日,60年2月13日に採取された下痢便について,既報3)の方法にて,EM観察用に調製されたロタウイルス試料とヒトロタウイルスWa株並びにMA−104細胞による分離株(58-409株,血清型未定)についてLaemmliの方法4)に準じて,PAGEによるRNA分析をおこなった。
図に示すように,免疫不全児由来のロタウイルスのRNAパターンは基本的にはA群のものであるが,標準株として用いたヒトロタウイルスWa株のRNAパターンと異なっており,さらに分節数においても,第4分節と第7分節の間に4〜5本の余分な分節が認められた。6月15日(図−b),7月27日(図−c)に採取された両方のロタウイルスのRNAパターンは同一と考えられるが,約6カ月後の2月13日(図−d)採取のロタウィルスのRNAパターンはさらに異なったパターンを有している。なお,分離株58-409株(図−a)はWa株(図−e)と類似のパターンであった。
Pedleyら2)はこれらの付加分節がロタウイルスRNAに由来することを確めており,その発生要因として,同一ウイルス粒子間でRNAの遺伝的組み換え,異なったRNA性状を有するウイルス粒子の混在等を考えているようである。このような異常なRNA分節を有するロタウイルスの培養は成功していないが,この余分な分節の意義を明らかにする上で,早急な培養の成功が望まれるところである。
免疫機能の正常な宿主に感染した場合にあまり大きな変異のみられないロタウイルスが,寄生した宿主に免疫不全があれば,大きな変異がおこるということが示された今回の症例から,ロタウイルスの増殖に対しては宿主の免疫機構が間接的に規制を加えているのではないかということが示唆されているように思われる。この現象がロタウイルスのみに当てはまるものか,それともポリオウイルスの報告例5)でもみられているように,他のウイルスについて該当するのか,今後の症例の累積が必要であるが,興味深い点であると思われる。
文献
1)Saulsbury, F.T. et al.;J. Pediatrics 97, 61 (1980)
2)Pedley, S. et al.;J. Gen. Virol. 64, 2093 (1983)
3)Kimura & Murakami;Infec. Immun. 17, 157 (1977)
4)Laemmli, U.K.;Nature, London 227, 680 (1970)
5)原 稔,米山徹夫;臨床とウイルス10,117 (1982)
大阪市立環境科学研究所 木村 輝男,村上 司,春木 孝祐
大阪府立公衆衛生研究所 大石 功,峯川 好一
図.SCID並びに下痢症由来ロタウイルスRNAのPAGEパターン
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