|
本誌第7巻第5号(1986年5月)においては,最近3年間に検出報告された食中毒起因菌について述べた。その中で示された資料によれば,腸管病原性大腸菌は,地方衛生研究所および保健所における検査成績では食中毒起因菌全検出数の12.5%を,医療機関の成績では15.2%を占めており,これがかなり重要な存在であることを物語る。
腸管病原性大腸菌は,その病原性の違いによって病原血清型大腸菌(Enteropathogenic Escherichia coli serotypes,EPEC),組織侵入性大腸菌(Enteroinvasive E.coli,EIEC)および毒素原性大腸菌(Enterotoxigenic E.coli,ETEC)に大別される。本システムでは1983年以降左記分類別の情報を収集することとした。
図1は病原微生物検出情報による,1983年1月から1986年5月までの腸管病原性大腸菌の検出数(地研・保健所検出分)の月別の推移を示したものである。国内発生例からの分離数をみると1983年の5月および8月,84年の7月,85年の8月に顕著なピークが認められるが,これらはいずれも大型の集団発生事件を反映したものである。一方,海外輸入例からの分離数では,毎年8月にピークがあり,海外旅行者の多い時期に一致する。
上記期間内の分離菌について病原性分類別の内訳をみたのが表1である。
地研・保健所で分離されたもののうち,国内発生例由来では2,973例中,ETECが最も多く1,642例(55.2%)を占めており,次いでEPEC1,006例(33.8%),EIEC117例(3.9%),その他あるいは不明が208例(7.0%)であった。その他には最近注目されるようになった腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic E.coli,EHEC)が含まれる。輸入例由来ではETECが国内事例に比べてやや高率で,2,400例中1,428例(59.5%),EPECが701例(29.2%),EIECが97例,不明が174例(7.3%)であった。以上の傾向には,年次別にみてもあまり大きな変動は認められない。
この期間中に医療機関で分離された腸管病原大腸菌は6,081例であったが,その大部分である6,067例(99.8%)が国内事例からのものであったので,表にはこれの内訳のみを示した。そのうち3,033例(50.0%)が不明,2,740例(45.2%)がEPECであり,EIECとETECはそれぞれ193例(3.2%)および,101例(1.7%)にすぎなかった。医療機関では,地研・保健所と比較して,大腸菌の病原性を鑑別するための検査があまり普及していないことを物語っているようである。
本情報収録の流行・集団発生に関する速報を通覧すると(表2),この3年5ヶ月の間に発生した集団発生事件としては,患者数50未満32件,50以上100未満のもの6件,100以上500未満のもの12件,500以上のもの4件,合計54件を数えることができる。これらの事件の原因菌の大部分はETECである。また,患者数50以上の大型の事件を血清型別にみるとO6型が関与するものが14件,O148型,O25型およびO159型がそれぞれ2件であった。これらの中には二種類の血清型の大腸菌や他の病原菌が同時に検出されている事件もみられる。
図1.腸管病原性大腸菌検出数(地研・保健所検出分)
表1.腸管病原性大腸菌検出報告数(病原性による分類別,1983年1月〜1986年5月)
表2.病原性大腸菌による流行・集団発生事例(1983年1月〜1986年5月・速報)
|