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Vol.7 (1986/9[079])

<国内情報>
「乳児ボツリヌス症」の本邦第一例


 1986(昭和61)年5月25日,日齢83日の男児が哺乳力の著明な低下と全身の筋力低下を主訴として来院,肺炎または中枢神経障害の疑いのもとに入院した。しかしその後,臨床症状を解析していくうち「乳児ボツリヌス症」の臨床診断の記載に当てはまることが判った。便秘,高血圧,全身の筋力低下,吸啜力・嚥下反射の低下,眼瞼下垂,瞳光散大,呼吸困難がその主たる臨床症状である。

 確認診断のため,患児の糞便の培養,毒素検出が行われた。その結果,A型ボツリヌス菌および毒素が検出され,本邦第一例の「乳児ボツリヌス症」が確認された。次いで感染源の検索が行われ,患児に使用されていたハチミツからA型ボツリヌス菌を検出できた。

 患児は発症後2ヶ月以上経た8月1日の時点で首もすわり,全身の筋力も回復してきており,体重の増加もほぼ順調である。しかし哺乳力の回復がまだ完全ではない。

 「乳児ボツリヌス症」は,主として米国において集積,研究されている。その発病機序は,ボツリヌス菌の芽胞が経口的に摂取され,腸管内において増殖をはじめ,毒素を産生する。やがてneurotoxinたる毒素が吸収されて,neuro-muscular junctionに作用し,発症するとされている。1976年に最初の報告があり,9年間に約400例以上の報告がなされている。感染源は全てが明らかにされてはいないが,ハチミツが感染源のひとつであることは間違いないようである。

 公的機関(CDC,FDA,カリフォルニア州),製造業者は1歳以下の乳児にはハチミツを与えないよう勧告している。今回の症例で,我が国にはないとされていた「乳児ボツリヌス症」が確認されたことにより(ボツリヌス研究者から既に指摘されていたことであるが),日本国内でも「乳児ボツリヌス症」の存在を知った上で,小児診療の必要があることを強く示唆している。また,国内におけるボツリヌス菌の分布や感染源のひとつとされているハチミツに対するなんらかの対策を講じる必要に迫られることになる。すでに,厚生省食品衛生局では,早速調査研究班を組織し,対策にのりだしている。



社会保険船橋中央病院小児科 野田 弘昌,那須 武,小池 明美,杉田 克生





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