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Vol.7 (1986/9[079])

<国内情報>
B型ボツリヌス毒素検出の一例


 1984年「からしれんこん」によるA型ボツリヌス中毒発生以来,ボツリヌス中毒を疑われる患者由来の検体がたびたびわれわれの研究所に持ち込まれるようになった。これまで我が国におけるボツリヌス中毒はE型毒素によるものが主体であったため,千葉県血清研究所では,治療用抗毒素として,E型単味とA,B,EおよびF型を含む多価抗毒素の2種類を製造してきた。抗毒素処置ははやいほどききめが大きい。E型かそれとも他の型による中毒かをできるだけ迅速に決定することが検体を受け取ったわれわれのつとめと考えている。「からしれんこん」中毒発生と同年の11月に栃木県下で発生したボツリヌス中毒に際し,われわれが毒素検出に用いた方法は従来のボツリヌスに関する常識とはズレているが,検体到着から4日後にB型毒素による中毒と判定できたので,検体処理の1例として参考になればと思いお知らせする。

 11月12日午後5時過ぎに患者から採血した血液約10mlが届いた。すぐに遠心処理で血清を分離し,マウスの腹腔内に,0.8mlと0.5mlをそれぞれ注射した。翌13日午前中に0.8ml注射マウスにのみボツリヌス特有の呼吸困難による腹部凹変が観察された。しかし,マウスは死ななかった。ボツリヌスの疑いは濃いが血清に含まれる毒素は検出レベルすれすれであると判断された。ボツリヌスE型毒素にトリプシンを作用させると,毒力が約200〜1000倍に強められることはよく知られている。われわれはこれを毒素のトリプシンによる“活性化”と呼んでいる。しかし毒素がいったん動物の体内を通過すれば消化酵素に触れるため,患者の血清中に存在する毒素はすでに活性化されているとみなされる。すなわち患者血清からの毒素検出にはトリプシン処理は用いないのが普通である。無駄になるかもしれないと思いつつ,13日に,血清0.4mlに,0.2mg/mlに溶解しておいた結晶トリプシン液0.1mlを加え,37℃,30分置いたものをマウスに注射した。マウスは14日朝死んでいた。血清中の毒素は活性化された。いちおうE型を疑ったが,われわれはB型毒素もトリプシンで2〜16倍に活性化されるという経験を得ている。そこで,13日に再び届いた血清を同じトリプシン処理で活性化し,A,B,EおよびF型の診断用抗毒素とそれぞれ1:4に混合し,その0.5mlずつをマウスに注射した。15日の観察ではB型抗毒素を注射したマウスは症状が認められなかったが,他の型血清を注射したマウスは発症していた。この時点でB型毒素による中毒の疑いが濃くなったが,マウスの生死を確認したかった。13日2回目に届いた血清中の毒素量は1回目のものより少ないと判断し,12日の血液の遠心沈渣(血餅)が残っていたのでこれをPBSで抽出し,前と同じように抗毒素をあててみた。16日朝B型抗毒素を注射したマウスだけが生残し,他の型抗毒素を注射したマウスはすべて死亡していた。ボツリヌスB型中毒を確認した。患者には多価抗毒素を使っていただいた。さらに患者便からもB型毒素を検出した。

 検査初日からトリプシン処理をしていれば,もう1日早く判定が出たはずである。なお,今回はふれないが,後日,A型毒素を検出した時,最初から検体をトリプシン処理したが,毒力は強まらず,この結果から,E型とB型の疑いを除いて,A型およびF型に焦点をしぼって作業を進め,A型毒素を検出することができた。



千葉県血清研究所製造第3科(ボツリヌス室)





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