HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.7 (1986/11[081])

<国内情報>
長崎市内で発生したShigella flexneri 2aによる集団赤痢事件


 1986年7月1日から9月13日までの75日間にわたって,長崎市の東部地域を中心に患者数(保菌者を含む)46名というShigella flexneri 2aによる,長崎市では戦後最多の患者数を記録した赤痢の集団発生があった。

 患者の発生が長期間にわたった原因は,「トッポ水」と呼ばれる湧水が感染源の疑いのあることをつきとめ,その飲用を禁止するまでに相当の期間を要したためである。

 長崎市夫婦川町に「トッポ水」と呼ばれる名水(湧水)がある。この湧水は,昔諸国行脚中の弘法大師が長崎に立ち寄ったとき,水に困っている人人のため,持っていた独鈷の先で地面をたたきそこから水を湧出させたといわれる歴史のある名水で,現在でも飲用禁止になるまでは弘法大師の信者が信心で飲んだり,通りがかりの人がノドの渇きをいやすために飲んでいた名物の湧水である。

 事件全般については,長崎市において他の機会に報告されるものと思われるので,当所が依頼を受けて実施した湧水の検査概要についてのみ報告する。

 1.検査方法

 環境由来の検体からの赤痢菌分離は経験が少なくとまどったが,当所の野口専門研究員等の提案で次の方法をとった。

(1)検体の処理:採水した検体をメンブランフィルター(ポアサイズ0.45μm)で濾過し,フィルターを液体培地に入れる方法とタンポンを湧水中に4〜5日間つけて液体培地に入れる方法を併用した。

(2)増菌と分離培養:患者由来の分離菌株が薬剤感受性試験でペニシリン,アミノベンジルペニシリン,テトラサイクリン,クロラムフェニコール等に耐性であったことから,トリプトソイブイヨンにクロラムフェニコールを50μg/ml添加し,赤痢菌の増菌をこころみた。

 この培養結果は一応満足できるものであったが,分離培地上に優位に発育する乳糖分解菌を抑制するために,当該菌の薬剤感受性をテストしてテトラサイクリン30μg/mlをさらに添加した。分離培地はSS,DHL寒天培地を併用し,以下通常の検査法に従った。

 2.検査結果

 1986年7月31日から9月16日までの間,14検体(湧水)について赤痢菌の分離を行った結果,7月31日採取分(メンブランフィルター法),8月7日(メンブランフィルター法),8月18日(タンポン法)の3検体から赤痢菌を分離した。

 分離菌はいずれもShigella flexneri 2aであり,生化学的性状と薬剤感受性も患者由来の分離菌株と同じであった。

 以上の検査結果と疫学調査(46名中30名がトッポ水を飲用している)から,トッポ水が感染源であると断定され,防疫措置がとられた。なお,湧水がどのようにして汚染されたか原因の追求に努めたが,現在のところ不明である。

 以上,簡単に事件の概要を報告したが,感染源が昔から信仰上飲用されていた湧水で,全国各地にこのような湧水があることと,患者由来菌株の薬剤感受性を利用して環境材料から赤痢菌を分離したこの事例が今後の検査の参考になれば幸いである。



長崎県衛生公害研究所 中村 和人





前へ 次へ
copyright
IASR