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NAGビブリオという名称は,現在は行政上用いられているもので,単一の菌種を指すものではない。これにはVibrio cholerae non-O1(V. c. non-O1)とVibrio mimicus(V. m., 白糖非分解,VP陰性,リパーゼ非産生という点でV. c. non-O1と区別される)が含まれる。両菌種とも,コレラ常在地では以前からコレラ様下痢症の原因菌として知られており,富山県において時折みられる本菌による下痢症も,ほとんどコレラ汚染地域への旅行者であった。しかしながら,1980年代に入ると,国内感染と思われるV. c. non-O1やV. m.による食中毒事例が,長野県,新潟県で報告され(村松ら,1981:篠川ら,1980),これらの菌は食品衛生関係者の注目を集めるようになった。
筆者らの調査では,NAGビブリオ食中毒は国内でこれまでに少なくとも7事例の報告があり,その概要は表の通りである。原因菌は7事例中4事例がV. c. non-O1(血清型はO6,O2,O14,O51),3事例がV. m.(血清型はいずれもO41)であった。発生の時期は7月末から9月末にかけての夏期に集中していた。原因食品は7事例中5例では海産魚介であった。発生地域は九州から北海道まで,国内各地にまたがっていた。原因菌とされたV. c. non-O1とV. m.の菌株の分与を受け,まずその生物性状を調べたところ,いずれもこれまでの海外旅行後の下痢症例からの菌株と同様に,コリスチンを1μg/ml加えたTCBS寒天平板(CL−TCBS)に発育し,セロビオース非または遅分解であった。次に毒素の産生を検討したが,いずれの菌株についても,測定し得るレベルのコレラ様毒素の産生は認められず,溶血毒,FAF(Fluid Accumulating Factor, cell-freeの培養濾液を用いた家兎結紮腸管試験)のいずれかまたは両方を多少とも産生した。第3事例からのV.m.は,溶血毒,FAFのレベルは低かったが,それ以外にr−TDH(腸炎ビブリオの耐熱性溶血毒類似の毒素)を産生した。
富山県では,1980年以来,コレラ(V. c. O1)およびNAGビブリオの生態を究明するために,河川水,海水,海産魚介について,定点観測を行っている。8年間の調査期間中にV. c. non-O1とV. m.の生態については,興味ある知見が得られている。それを要約すると次のようである。@河川水,海水,魚介ともに,V. c. non-O1とV. m.を合わせて検出率は夏期に著しく高くなり,魚介からの検出率が50%以上である期間は,7月後半から9月前半の約2ヵ月であるが,菌数は少なく,大部分が魚体頭部100g当たり102以下である。A河川水から分離されるV. c. non-O1は大部分がCT−TCBSに発育せず,セロビオース速分解性であって,このような菌株はコレラ様毒素を産生せず,動物実験でも腸管起病性を示さない。B海水,魚介由来のV. c. non-O1は,ほとんどが海外旅行後の下痢症や食中毒由来株と同様に,CL−TCBSに発育し,セロビオース非または遅分解である。これらの菌株の中には,コレラ様毒素は産生しないが,実験的に腸管起病性を示すものがあり,血清型も下痢症や食中毒由来株と共通なものがある。CV. m.の検出率はV. c. non-O1ほど高くなく,魚介ではV. c. non-O1の約1/5である。しかし,V. m.は由来を問わず一定の生物性状を示し,血清型はO41が高頻度に認められる。
V. c. non-O1やV. m.に関するこのような生態学的知見は,前述のNAGビブリオ食中毒7事例の疫学的状況を極めてよく説明しているように思われる。すなわち,NAGビブリオ食中毒は夏期の限られた期間に起こりやすく原因は主として海産魚介の生食であり,V. c. non-O1では特定の生物性状を示す菌株が,V. m.では特定の血清型,特にO41が下痢症や食中毒に関連している,といった点である。起病性の本体はコレラ様毒素ではなく,むしろ溶血毒,FAF,あるいは易熱性壊死毒などが関与しているようである。
NAGビブリオ食中毒の予防には,腸炎ビブリオのそれに準じた対策が要求されるが,一つだけ腸炎ビブリオと異なる点は,V. c. non-O1やV. m.が,食塩濃度の低い食品中でも,他の条件さえ整えば容易に増殖し得ることである。
謝辞:快く食中毒分離株を分与して下さった関係各位に感謝します。
富山県衛生研究所 児玉博英,刑部陽宅,林美千代
国内食中毒7事例の概要
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