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1.発生状況
「お盆」の中日の1988年7月14日22時頃,県北西部A町のN病院から,受診した12名が食中毒様症状を示していると伊万里保健所に通報があった。
7月15日になってこれらの患者は,いずれもA町にあるT豆腐製造所でつくられた「笹雪豆腐(豆乳にデンプンを加え,加熱攪拌し冷水中で固めたもの,おもに精進料理に使用される,通称:ごどうふ)」を7月13日の夕食で摂食していたことが判明した。
その後さらにA町,N町などで同様な患者555名が認められ,長崎県でも103名の患者が確認された。
原因食品は7月13日から同月15日(最低26.0〜最高温度32.5℃,湿度88.3%)にかけてT豆腐製造所が販売した「笹雪豆腐」と一部の「豆腐」および「厚揚げ」と推定されている(表1)。
2.患者情報
摂食した918名のうち670名(73.0%)が発症し,発症者の大部分(613名,91.3%)の潜伏期間は8〜72時間と推測された。
患者670名は下痢(93.4%),発熱(77.5%),腹痛(64.5%),嘔吐(19.9%)などの症状があり,高熱(39〜41℃,42.3%)と頻回の下痢(10回以上29.3%)が特徴的に認められた。下痢は主に水様性(81.4%)であり,粘液性(12.4%),粘血性,血性(2.8%)は少なかった。
なお,入院患者は抗生物質(カナマイシン,オフロキサシリンなど)の投与を受け,早期に菌の消退が認められ,おおむね1週間程度で退院している。
3.起因菌検査成績
患者およびT豆腐製造所関係者「糞便」の直接分離培養22/32件(68.8%),5/10件(50.0%)と「笹雪豆腐」の増菌培養(E. C broth)から,いずれも大腸菌(O164)が検出された。これらの菌株は,37℃24時間培養後のTSI培地で高層・斜面が黄変し,ガス産生(−),LIM培地でリシン炭酸(−),インドール(+),運動性(−)であり,組織侵入性大腸菌と同様の性状を示したことから,各由来(患者4株,豆腐製造関係者2株,ごどうふ1株)別にHeLa細胞,HEp2細胞への侵入性を試験したところ,いずれの菌株も侵入性を有しており,組織侵入性大腸菌(Enteroinvasive E. coli)と同定した。
また,この7菌株の抗生物質感受性を市販の1濃度ディスク(BBL,Sensi-Disc)により測定した結果,治療に使用されたカナマイシンに良好な感受性が認められた(表2)。
4.まとめ
病原性大腸菌はヒトの腸管に由来すると言われている。今回の食中毒事件についても豆腐とヒトとの関連が示唆された。
今後,このような事件の再発を防止するための一つの手だてとして,潜在的汚染源の把握が必要であり,食品とその取扱者および環境などにおける詳細な菌分布調査の実施が望まれる。
佐賀県衛生研究所 山村勝幸 江藤 康 角 典子 福岡逸朗 本村資光
佐賀県伊万里保健所 松浦元幹 成田八郎 松瀬紀子 森田満雄 永倉 隆 乗田利博
表1.食中毒患者670名の豆腐摂食状況
表2.組織侵入性大腸菌(O164)7菌株の薬剤感受性
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