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Vol.10 (1989/1[107])

<国内情報>
我が国で開発された沈降精製百日咳ワクチンについての評価


1980年代になり,WHOの“Expanded Programme on Immunization”(予防接種拡大計画)に取り上げられ,ワクチン接種により確実に予防し得る感染症として,ジフテリア,麻疹,ポリオ,破傷風,結核そして百日咳がある。確かに百日咳死菌体ワクチンは有効であり,2,3の先進国で百日咳死菌体ワクチンの強い副作用のためワクチン接種を取り止めたところ,直ちに百日咳の流行に見舞われたという最近の知見からも百日咳ワクチンの有効性,必要性が再認識されている。我が国においても1970年代半ばにワクチン事故→接種中止→流行という事態に遭遇し,副作用の少ない,有効なワクチンの開発が切望されてきた。当時予研では百日咳防御抗原に関する基礎研究として,百日咳菌強毒株の培養上清より,硫安分画,電気泳動,庶糖密度勾配遠心法で得た分子量約11万の蛋白画分が,白血球増多活性,ヒスタミン増感活性,血球凝集活性を示す毒素で,フォルマリンで無毒化した本トキソイドは感染防御抗原(実験動物系で)として働くことを明らかにした1)。この抗原調整法がワクチン製法に導入され,百日咳ワクチン改良研究班による数年にわたる開発研究の結果,大型の庶糖密度勾配遠心機を利用して大量製造にこぎつけたのが現在の新百日咳ワクチンである。1981年秋より,これまでの死菌体ワクチンに代わり我が国の予防接種にとり入れられ,今日まで約4,000万Doseの接種が行われているが,有効性,副作用の両面からほぼ満足すべき評価を得ており,一部改良が望まれる点はあるとしても,この種のワクチンが当分の間は使用されて行くものと思われる。ちなみに,我が国でRetrospective studyから得られた新ワクチンの防御効果は77%〜94%と,報告者やワクチンの違いで少しく異なった成績がみられるが,統計的には有意差はなく,高い防御効果をもつワクチンとして評価されている。2, 3, 4, 5, 6)

一方,アメリカを始めとして,ヨーロッパ先進諸国では未だ百日咳死菌体ワクチンを使用しており,その副作用が社会問題となっている。それゆえ,我が国で開発された新ワクチンの導入を望んでいるが,我が国から報告されている有効性に関する成績のみではワクチン効果を十分に評価し得ないという理由から,WHOの援助のもと,国際共同研究班が組織され,日本,スエーデン,アメリカが中心となり,ストックホルム郊外で,日本製新百日咳ワクチンの有効性と副反応に関する二重盲験法による厳密な野外試験が行われ,その結果が報告された7)。既に第T及び第U相の野外試験成績で,対照ワクチンとしての従来の死菌体ワクチンに比べ新ワクチンの副作用は著しく少ないこと,新ワクチンの抗体産生は2回の接種で十分に認められることから,第V相の効果判定野外試験では,ワクチンは2回接種(従来の死菌体ワクチンは3回),死菌体ワクチンは試験から除外することを決め,1986年春よりスタートした。即ち,生後5〜11ヵ月の乳幼児3,801名を対象とし,3群にランダムに群別した。第1群の954名にはPlacebo(今回の野外試験では,新ワクチン中にアジュバントとして添加したアルミニューム剤がPlaceboに使用され,外観では本物のワクチンと区別できない対照実験用のにせワクチン)が接種され,第2群の1,419名にはフォルマリン無毒化百日咳毒素と繊維状赤血球凝集素の2つの抗原を1:1に含有する2-component vaccineが,そして第3群の1,428名には精製百日咳毒素をトキソイド化した純粋トキソイドワクチンが接種された。当然のことながらこれら日本製新ワクチンはWHO国際共同研究班で詳細なチェックをうけ,characterizeされたものである。ワクチン1回目の接種から7〜13週後3,724名が第2回目のワクチン接種に応じた。接種後の副反応は軽く,小さな局所の反応がPlaceboに比べ,2-component vaccineの2回目接種後にやや多く見られた程度で,基本的には対照であるPlacebo群とワクチン接種群の反応は同程度であった。一方,ワクチン効果に関する成績であるが,ワクチン2回接種1ヵ月後から15ヵ月間follow-upした結果(二重盲験法で行われているので本物のワクチン接種を受けたか,にせワクチンすなわちPlaceboを接種されたかは両親,家族は勿論のこと,ワクチン接種した医師,その後長期間のfollow-upをする医師や看護婦も知らない。我が国ではPlaceboワクチンの使用は禁止されているため,二重盲験法によるワクチン効果試験は実施できず,従って国際的評価に耐える効果判定試験は不可能である),咳を伴い,咽頭培養で百日咳菌陽性の罹患児がPlacebo groupで40例,トキソイドワクチンで27例,2-component vaccineで18例確認された。本時点までのワクチン有効性(防御率)はトキソイドワクチンで54%,2-component vaccineで69%と計算された。また,咳が30日以上続く菌陽性百日咳症を予防する効果を算出した成績ではトキソイドワクチンで80%,2-component vaccineでは79%と高い有効性が認められている。ところで,同時に行われた抗体価と防御効果の関係を追跡した成績で,ワクチン2回接種後60日から120日の間に採血した血清のうち,follow-up中百日咳に罹患した乳児の血清と罹患しなかった血清の抗毒素価及び抗繊維状赤血球凝集素価を比較したが,両者の間には相違が認められず,従って防御抗体レベルについての新しい知見は得られなかった。現在,家族内2次感染例のみに限って解析するなど,さらに詳細な比較検討が行われいてる。



文 献

1)Sato et al., Infect. Immun., 9, 801-810,(1974)

2)Sato et al., Lancet (1), 122-126,(1984)

3)加藤達夫ら,感染症学雑誌,61,1270-1275(1987)

4)Aoyama et al., Amer. J. Dis. Child., 142, 40-42, (1988)

5)Kimura et al., Develop. biol. Standard., 61, 545-561, (1985)

6)Isomura et al., Develop. biol. Standard., 61, 531-537,(1985)

7)Ad hoc group for the study of pertussis vaccine, Lancet, April 30, 955-960,(1988)



予研:細菌部 佐藤 勇治





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