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Vol.10 (1989/2[108])

<国内情報>
自家製のサケ(鮭)のとばによるボツリヌスE型中毒について−北海道


1988年11月4日午後,札幌市内の1病院からボツリヌス抗毒素の入手法について当所に問い合わせがあったため,ただちに道庁の担当課に概要を伝え,調査を依頼した。道と札幌市の調査で2名の患者(夫30歳,妻26歳)の存在が確認された。両名共,11月3日午後8時頃,自宅で自家製のサケのとば(サケ肉の調味乾燥品で市販品とは製法が相違)とイカの塩辛を食したことが判明した。妻は4日早朝から複視,構音障害,脱力感が出現し,同日午前,近医にて補液を受けたが改善せず,夫も4日午前8時頃より同症状が出現したため上記病院で受診した。担当医は,経過からボツリヌス中毒を疑い,保健所に通報すると共に両人を入院させ,同日夜間,四価抗毒素(A,B,E,F)を投与した。妻は4日午後9時から呼吸筋麻痺のため人工呼吸管理となったが,抗毒素投与後急速に症状が改善し,6日に人工呼吸器より離脱できたという。

また,急報により付添いのため来札した妻の母親(51歳)が11月4日深夜から複視,口渇等の症状を発した。問診により当人も同日午前,夫婦宅にあったサケのとばを試食したことが判明した。翌5日午前,抗毒素を投与した結果,症状改善が見られたという。

とばは,夫方の母親が市内の自宅で製造し,患者宅等に配ったものであった。サケ13尾分から52本が作られ,うち6本を13名で食したが,患者は上記3名のみであった(5名で3本を喫食)。製法を略記すると,10月9日午後,増毛町の知人から三枚おろしの生サケをもらい,冷却しないで自宅ベランダに置いた。翌10日,比較的良いもの13尾分を選び,更に2分して52本とし,漬物用ビニール袋を敷いた発砲スチロール箱中で4日間調味液に漬けた(3日目に上下を置換)。14日朝,ざるで液を切り,夕刻まで物干しにつるした後,3階ベランダで11月1日まで(18日間)自然乾燥させたという。製品配布は同日行われた。

当所で行った細菌学的試験の結果は次の通りである。患者3名分の血清をマウスに接種したところ,2名分に毒性が認められ,1名(妻の親)は中和試験によりボツリヌスE型毒素の存在が証明されたが,1名(夫)は血清量不足のため同試験が不能であった。また,妻の大便抽出液はマウスに毒性を示したが,量不足のため毒素の特定はできなかった(後日培養試験によりボツリヌスE型菌が検出された)。患者宅にあったサケのとば(食べ残しと手付かずのもの),ニジマスのとば(増毛町で製造),イカの塩辛(患者宅で調製)について毒素検出と菌分離試験を行った。食べ残しおよび手付かずのとばの抽出液(乾物のため3倍乳剤を作製)にマウス接種試験でE型毒素の存在が認められ(後者はトリプシン処理後に毒素検出が可能となった),両品の培養からE型菌が検出された。ニジマスのとばとイカの塩辛には毒性は認められず,前者ではボツリヌス菌も陰性であったが,後者からE型菌が分離され,高塩濃度下で芽胞が生残することが示された。

とばにおける毒素産生時期を証し得なかったが,若干の推測を付記する。まず,サケの鮮度が落ちていた上に(臭いのある崩れかかった物を除いたこと)おろしてから氷冷していないので,すでに菌が増殖を開始していたかもしれない。次にサケの総量に対して調味液が十分でなかったのではいか(市販のめんみ1l分,一味唐辛子少々,味の素少々,砂糖適量,レモン輪切り1個分)。また,気温が低くない時期に風乾したことも一因と考えられる。

資料を提供下さった札幌市衛生局,勤医協中央病院渋谷直道医師に深謝いたします。



北海道立衛生研究所 相川 孝史,亀山 邦男,三田村 弘


表1 臨床症状





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