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わが国の腸チフス・パラチフスの発生数は厚生省結核・感染症対策室へ届けられた患者・保菌者発生報告カード,管理カードおよび国立予防衛生研究所へ送付された分離菌株の三者に基づいて集計され,病原微生物検出情報集計とあわせて解析がおこなわれている。
1982〜1989年3月のチフス菌,パラチフスA菌の月別検出状況を図1に示した。近年,腸チフス発生は減少傾向を辿っており,腸チフス発生の特徴である冬季多発傾向も失われている。パラチフスも同様の傾向で推移していたが,本年2〜3月にはパラチフスAの多発を見た
(本月報第10巻第4号参照)。
1989年のパラチフスA発生数は1月1日から4月15日(第15週)までに37名に達し,1988年の年間発生数33例をすでに上回った。発生は関東地区を中心に1都1道14県にまたがっていた。患者発生のピークは第6〜7週で,すでに流行は終息したと思われる(図2)。37名の内訳は,患者35,保菌者2,性別は男21,女16,年齢分布は7〜67歳であった。37例中36例の分離菌がファージ型に供され,1型34,型別不能2と同定された。型別不能の2例はいずれも外国由来であった。今回のファージ型1の事例は,疫学調査の結果,ほとんどが国内感染であり,共通食として生がきが疑われたが,結論を得るに至らなかった。
1989年同期間の腸チフス発生数は31で,前年とほぼ同数である。
1988年の腸チフス発生数は患者・保菌者あわせて110例,パラチフスA33例ですべて散発例であった。輸入例は腸チフス33例(30%),パラチフスA19例(58%)で,国内発生に対する輸入例の割合はいずれも前年を上回った。腸チフスの性別発生は,患者は男性に,保菌者は女性に多くみられた。年齢分布では男女とも患者は青壮年層に,保菌者は中高年層に多発した。パラチフスでは患者・保菌者とも男性の発生がやや多かった(表1)。腸チフス,パラチフス患者の診定はそのほとんどが細菌学的になされており,前者は80例中73例(91%),後者は29例中28例(97%)で,分離された菌の91〜93%がファージ型別に供試された(表2)。発病から診定までに要した日数の幾何平均は腸チフスで14日,パラチフス13.5日で,ほぼ例年どおりであった。
1989年のパラチフスA患者35例中の平均診定期間は17.6日で,1ヵ月以上を要した例が約3割を占めた。診定は臨床診断は1例のみで,34例は細菌学的になされているが,診定までの日数が大幅に遅延しているのが今回の特徴である。診断の遅れを来した患者の多くは,チフス性疾患には効果のない抗生剤の投与を受けながら転医を繰り返しており,検査室での菌検出に当たっては,臨床医との連携が強く望まれる。チフス性疾患のように潜伏期の長い疾病の場合,診断の遅れは喫食調査など疫学調査をやりにくくしており,早期診断は今後の課題であろう。
1988年に高頻度に検出されたチフス菌のファージ型はD2(21.8%),M1(20.9%),E1(9.1%),DVS(8.2%)などで例年と大差はなかった(表3)。パラチフスA菌では例年同様ファージ型1(42.4%),UT(24.2%)の検出頻度が高かった。2,3,4,5,6の各ファージ型はすべて海外由来であった(表4)。
1988年は,耐性菌1株を分離した。CP・TC・SM・ABPC・SXTの5剤に耐性,ファージ型M1のチフス菌で,パキスタンからの帰国者から分離されたものである。
図1.月別チフス菌・パラチフスA菌検出状況 1982年1月〜1989年3月(地研・保健所集計)
図2.1989年パラチフスAの週別発生状況
表1.腸チフス・パラチフス患者および保菌者の性・年齢群別分布(1988年)
表2.腸チフス・パラチフスの診定方法と分離株のファージ型別供試状況(1988年)
表3.チフス菌のファージ型別分布(1988年)
表4.パラチフスA菌のファージ型別分布(1988年)
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