HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.10 (1989/6[112])

<国内情報>
日本脳炎ワクチンの株の変更


1954年に日本脳炎ワクチンが実用化されて以来,ワクチン株としては中山−予研株が一貫して用いられてきた。この株は1935年に分離され,長期にわたって継代されてきた性状がきわめて安定した株である。しかし,野外分離株の多くは,交差吸収HI試験や,交差吸収中和試験で中山−予研株と異なることが明らかとなり,日本脳炎ウイルスは中山−予研型,JaGAr-01型,両者の中間型に大別されるようになった。そのため,ワクチン接種による日本脳炎の発症予防をより有効なものとするため,抗原性が流行株に近いワクチン株の選定が望まれ,新鮮分離株を用いたワクチンの試作が続けられてきたが,中山株ワクチンに匹敵するものは得られなかった。

 1984年に至って,阪大微研グループが,いくつかの分離株ワクチンのうち,1949年に北京で分離された北京−1株を用いたワクチンが,マウスに接種して得た抗血清で,多くの分離株に対し中山−予研株ワクチンに比べ高い中和抗体価を示すことを明らかにした*

 この成績をもとに,北京−1株ワクチンが新ワクチンの候補株として選ばれ,厚生省のワクチンの改良に関する研究班:「日本脳炎ワクチン研究班」で,日本脳炎ワクチン製造6社の試作した,生物製剤基準に準拠した試験を経た北京−1株ワクチンの野外試験を行った。

 1〜2週間隔で2回初回免疫を行った対血清例145例および,さらに約1ヵ月後にブースターを加えた54例の計199名の血清について北京,中山両株に対する中和抗体価を測定した。

199例中124例の前血清が北京,中山両株に対して陰性であった。前血清陰性例中,ワクチン接種によりlog10で0.6以上の抗体価の上昇した例を陽転例と判定した。

初回接種では,北京株に対し98%弱,中山株に対し80%以上の陽転率で,2つの群について平均抗体価(log10)はそれぞれ2.85と2.86,および2.40と2.38であった。

ブースター後は北京株に対しては100%陽転,平均抗体価は3.46と3.64,中山株に対しては89〜97%,平均抗体価は2.47と2.56であった(図参照)。

さらに1年後にブースターを行った8例では,前血清が陽性であった1例を除き平均抗体価が北京株に対して4.23,中山株に対して3.13となり,著しい上昇を示した。

 副反応については,中山株ワクチンの場合と比べ特に差はみられなかった。

 以上の成績から北京株ワクチンは,中山株ワクチンに比べ抗原域が広く,力価,副作用の点でも中山株ワクチンと同等か,よりすぐれたものであると結論され,株の変更が決定された。

 さらに臨床家の要請で,従来の1ml接種から力価を2倍相当上昇させることで0.5ml接種への移行も併せて決定された。北京株移行初年度のワクチンの接種試験において全19検体の平均抗体価は3.07と極めて高いものであった。

したがって日本における日本脳炎ワクチンとしては今シーズンから北京株ワクチンが使用される。

*医学ジャーナル社・ワクチン最前線,日本脳炎ワクチン参照)



付記:ワクチンの使用方法

◎初回免疫:通常,0.5mlずつを1〜2週間の間隔で2回,さらにおおむね1年を経過した後に0.5mlを1回皮下に注射する。ただし,3歳未満の者には0.25mlずつを同様の用法で注射する。

◎追加免疫:通常0.5mlを皮下に注射する。ただし,3歳未満の者には0.25mlを同様の用法で注射する。

(参考)

※初回免疫として3回接種を行うことにより基礎免疫ができる。その後の追加免疫は,地域における日本脳炎ウイルスの汚染状況などに応じて接種間隔を定める。ただし,免疫を保持するためには少なくとも4年に1回の追加接種を行うことが望まれる。

※すでに従来の中山−予研株ワクチンで途中まで接種しているものに対しては,残りの接種に北京株ワクチンを使う。

※日本脳炎の流行は普通,西日本地域は7月中,下旬,東日本地域では8月上,中旬から始まるといわれている。ワクチン接種による平均抗体価は接種後1ヵ月で最も高くなるので接種の時期はその1ヵ月前には終わることが望まれる。

※接種年齢としては普通3歳から15歳の間に接種することになっているが,流行地などで早めに受ける必要のある場合は,生後6ヵ月をすぎたら受けることもできる。



国立予防衛生研究所 北野 忠彦


北京ワクチン接種前後の小児血清の北京株,中山株に対する中和抗体価





前へ 次へ
copyright
IASR