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アカンソアメーバ(Acanthamoeba)性角膜炎は自由生活性のアメーバが日和見的に感染して発症するもので,もっぱらコンタクトレンズ(以下CL)装用者のあいだに見られる疾病である。いわゆる稀少難治性感染症にあげられるべきもので,予後は悪く罹患するとしばしば失明にまでおよぶ。根本的な治療法がないため,運よく早い時期に診断がついた患者で視力の回復が期待できるようではあるが,多くは角膜移植術が施されている。わが国においては1987年に初めて患者が見つかり,現在までに7例が報告されている。そのいずれもがCL装用者であった。本症はいまだ臨床医に広く理解された感染症とはなっておらず,見逃されているケースも考えられ,まして早期発見を期待するべくもない。本症は治療法の開発のみならず,検査体制の整備,迅速診断法など,多くの解決すべき問題を抱えている疾患である。
アカンソアメーバは身近な生き物で,土や水の中で細菌などを捕食する小型のアメーバである。栄養型と嚢子型(耐久型)の2型をとり,後者は乾燥に強くチリなどに混じって移動が可能である。角膜炎の発症に関しては不明な点が多く,いずれも想像の域を出ないが,アメーバや塵埃や水と共に目に入っただけで発症するものとは思われない。細菌などによる感染が先行し,二次的にアメーバが増殖し,次いでアメーバ自体の環境への順応が起こるのではないかとの推測もされている。ちなみに,本症に関わる危険因子は(1)角膜の傷,(2)汚染水による暴露,および(3)CLの装用,の3つであるが,米国における本症の患者を対象にした調査によれば,95%がこの3つの危険因子のうちのどれかと関わりを持っており,中でも罹患者の85%がCLを使用していた。興味あることは,ソフトレンズ使用者が全体の81%と圧倒的に高率であったことである。ハードレンズに比べてリスクが大きいのはレンズの保存や消毒の過程に問題があるものと思われる。欧米で売られているソフトレンズの消毒剤でアメーバに有効なものはまだない。また,自家製の生理的食塩水が汚染源になっている例も少なくない。わが国で患者の発生が少ない理由は明らかではないが,ハードレンズ利用者が比較的多いこと,ソフトレンズは煮沸による消毒を指導されていることなどが幸いしているのかもしれない。
アカンソアメーバの分離・培養は比較的容易である。シャーレ内に寒天プレートを作成し,患者から採取した検体(角膜擦過物や洗浄液など)を接種し,餌として熱処理した大腸菌浮遊液を与える。26〜29℃で約1週間培養し,アメーバ増殖の有無を顕微鏡下で観察する。一般には2〜3日で検出できる。ただし,患者の角膜からではなくCLの保存液からアメーバが分離されたからと言ってただちにアメーバ性角膜炎と断定するのは早計で,その場合は他の臨床所見と併せて総合判断する必要がある事は当然である。CL保存液から分離される例は必ずしも少なくない。現在,アメーバの分類は混沌としており,感染性を持つアメーバの特定が出来る状態にはない。筆者らはミトコンドリアDNAの制限酵素による切断パターンの違いを指標とした分類を試みており,それなりの成果を得ている。このような方法で分類が整理されれば角膜炎を起こすアメーバが特定できるだろうし,発症のメカニズムも明らかにできるものと期待している。また,現在のところアカンソアメーバを手掛けている研究所が少ないため,筆者等のところでは株の分離・同定を含め,確定診断や検査法の指導などの相談に応じている。先にも述べたごとく早期発見が治療のポイントであることから,そのための体制作りが急務であると考え,各方面に働きかけているところである。
国立予防衛生研究所寄生虫部 遠藤 卓郎,八木田 健司
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