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Vol.11 (1990/8[126])

<国内情報>
手足口病の流行状況


東北ブロック



 患者発生状況:5月中旬まで当地域では手足口病の発生はほとんど認められていなかったが,同月下旬頃から山形,秋田の両県で患者報告数が増加し始め,6月末日(第26週)現在,定点当たりの患者数は山形県11.3人,秋田県6.0人と急増している。現在までのところ当ブロック内で流行が認められているのは上記の両県のみであるが,岩手,福島県等でも6月下旬頃から発生の兆しがみられ,今後の増加が懸念される。

 ウイルス分離:表1に示す通り,6月末日現在,当ブロック内でウイルスが分離されたのは秋田県と福島県のみである。分離されたウイルスは大部分エンテロ71型(EV71)で,これが今季の流行の主流となるのではないかと推定されている。

 EV71はコクサッキーA16(CA16)に比べて無菌性髄膜炎の発現傾向が高いといわれているが,秋田県からの情報(私信)によると,手足口病とともに無菌性髄膜炎の発生もかなり認められているとのことである。

 今回の流行は全国的にEV71のようであるが,福島県でCA16が1株分離されており,今後の動向が注目される。

 本報は宮城県保健環境センター・助野典義先生,秋田県衛生科学研究所・佐藤宏康先生からの情報等をもとにした。御協力に深謝いたします。



エンテロウイルス支部センター 福島県衛生公害研究所 本泉 健



秋田県



 秋田県内ではエンテロウイルス71型(EV71)による手足口病(HFMD)が流行中であるので,その概要を報告する。

 感染症サーベイランス情報における県内各地区での週別HFMD患者発生状況(第27週現在までの全県患者総数667名)は図1に示すごとくである。すなわち,患者発生は5月下旬県南部から始まったが,その後,県中央,県北部へと急速に波及する傾向にあるので,流行は今後更に拡大することが予測されている。

 病原ウイルスの検出は現在進行中であるが,検査終了の14名についての成績は表のごとくである。特徴の第1は患者発生年齢層が2ヵ月の乳児(No.6)からその母親31歳(No.7)まで広いこと,また,第2はHFMDに伴なう無菌性髄膜炎(AM)の発生が多く,35.7%(5/14)に認められることである。

 一方,糞便からのウイルス分離は85.7%(6/7)と高率であったが,髄液からは分離されていない。水疱内容液からは1株分離されている。また,これらのウイルスは哺乳マウスでは分離されず,HEAJ(秋田衛科研樹立ヒト胎児由来)細胞(2株はGMK細胞)でのみ分離された。すべてEV71であった。

 なお,昨年大館市住民から採取した被検血清について,標準株(名古屋株)と1989年分離株(26135株)を用いて測定したEV71中和抗体保有成績(東北六県防疫月報,第153号,1989.12)を示すと図2のごとくであったが,分離株に対する抗体は全く検出されなかった。このことから,この種のEV71が流行すると,流行規模がかなり大きくなり,また,広範囲の年齢層に及ぶことが懸念されていた。



秋田県衛生科学研究所 佐藤 宏康,安部 真理子,斉藤 博之,森田 盛大



神奈川県



 1990年の神奈川県における手足口病の流行は例年より早い4月頃から始まり,大流行の様相を見せている。神奈川県結核・感染症サーベイランス情報によると4月から6月末までの患者数は2,061名(横浜市,川崎市を除く)に上り,4月に県西部の西湘地区で流行し始め,徐々に湘南地区,県中央部へと広がった模様である。しかし,横須賀市での発生は現在のところ少ない。

 当所では4月から6月末までに患者検体85件のウイルス分離を実施し(表1),コクサッキーウイルスA16型(CA16)20株,CA4型1株,アデノウイルス1型1株,アデノウイルス未同定1株を分離した(表2)。検査材料はすべて咽頭拭い液であり,ウイルス分離にはGMK−13cl,RD−18S,HeLa細胞および哺乳マウスを用いた。このうちアデノウイルスはHeLa細胞から分離されたが,コクサッキーウイルスはすべて哺乳マウスから分離された。

 地区別ウイルス分離状況を見ると,4月に県西部の西湘地区の患者からCA16が3株,5月には13株分離された。6月に入り湘南地区(藤沢市,茅ヶ崎市)からもCA16が2株分離された。しかもまだ哺乳マウスから分離された18株のウイルスが同定中であり,CA16による流行が県下全域に広がりそうな情勢である。CA16による本疾病の流行は神奈川県では2年ぶりである。



神奈川県衛生研究所 近藤 真規子



長野県



 1981年9月から1990年6月までの,県内の手足口病のウイルス検出数と年間の患者数を表1に示した。本県の検出ウイルスと患者発生状況は,全国の状況によく類似しているが,1988年のウイルス検出状況においては,本県ではCA16よりEV71のほうが多く検出されており,CA16を主流とする全国の状況とは異なっていた。CA16かEV71の片方のみを検出した年は,1983年,84年と86年の3ヵ年であったが,1983年を除く84年と86年の2年は患者発生が少なく,また,3ヵ年とも年間の検体数が30件以下と少なかった。

 1989年1月から1990年6月までの県内の月別,地区別手足口病流行状況および検出状況を表2に示した。検体が松本と長野に集中しているため,2地区のみ集計した。昨年の県内の手足口病の流行は,サーベイランス報告による患者数は614人で小規模であったが,7月から患者が増加し始め,8月にピークとなり,12月までダラダラと長引いた。本年に入ってからは,昨年からの引続きで,冬期に少数の患者が報告されている。流行の兆しは例年より早い5月に見え始め,6月末時点では昨年の同時期の患者数を上回る勢いである。昨年の検出ウイルスは,松本地区ではCA16,長野地区ではEV71が主流であり,両地区の主流ウイルスに差異が認められた。このように地区により主流ウイルスが年間を通して異なったのは,1988年に続いて2年目であった。

 本年の検出ウイルスは,現在のところ,長野地区からのみEV71が9件検出されている。長野地区については,過去8年間においてEV71が主流の年は,1983年と88年の2年であり,EV71があまり侵淫していないことから,このままEV71が流行しそうな気配である。一方,松本地区については,CA16とEV71がちょうど4年ずつ主流ウイルスとなっており,本年も地域差が認められるのか興味あるところである。

 手足口病のウイルス検索には,FL,RD−18S,CMKの3種類の細胞を用いている。従来はCMK細胞による検出率が圧倒的に高かったが,最近は,FL細胞でもかなりよくウイルスが検出されている。細胞培養法で陰性の検体については,乳のみマウス接種法を実施しているが,本県では目下のところ手足口病の検体からCA10は検出されていない。

 以上,本県の手足口病の流行状況について述べたが,病原ウイルスのCA16とEV71は,地域内で主流ウイルスになろうとして,互いに時期を窺っているようにも感じられる。



長野県衛生公害研究所 西沢 修一,中村 和幸,小山 敏枝



島根県



 今年の手足口病の流行は感染症サーベイランスおよび山陰地区感染症懇話会の資料によると6月から始まった。まず,東西に細長い島根県東部の鳥取県に隣接する地区で6月上旬から始まり,東部地区全域に流行しつつある。一方,山口県寄りの県西部では6月中旬から患者発生がみられ増加しつつある。しかし,東西両地区に挟まれた中部地区ではいまだ発生数も少なく,本県への手足口病の侵入は東西2ルートによるものと思われる。

 この流行からエンテロウイルス71(EV71)が6月末現在19名中11名から20株が分離されている。材料別には咽頭拭い液18検体から10株,便4検体中2株,水疱内容液10検体から8株が分離されている。

 分離に用いた細胞ではVero細胞に感受性があり,AG−1(ミドリザル腎由来),RD細胞ではCPEがみられない。また,哺乳マウスも発症しない。

 現在のところ手足口病以外の患者材料からEV71が分離されていないのも今流行の特徴かもしれない。

 最近の島根県での手足口病から分離されたウイルスは昨年の散発的な発生からコクサッキーA16が2株分離されている。また,EV71は1983年の大流行,1987年の小規模な流行の病因となっている。



島根県衛生公害研究所 飯塚 節子,持田 恭,板垣 朝夫



福岡県



 手足口病は,例年,夏季を中心に流行しているが,1989年は,夏季に全く患者発生の報告がなく,11〜12月に小さな患者発生のピークが見られた。1990年に入ると,いったん患者数は減少したが,4月から再び増加を始め,6月に月別患者報告数としては,過去最高を記録している(図1)。この間,手足口病の検体は,1989年10月から1990年6月まで38件(33名分)採取され,これまでにエンテロウイルス71型(EV71)が20株,コクサッキーA16型(CA16)が1株分離され,今回の手足口病流行の原因ウイルスは,EV71であると推定された(表1)。

 本県において,手足口病はほぼ3年ごとに大流行を繰り返している。前回(1987年)の大流行では,6〜8月にEV71による小流行があった後,9〜12月にCA16による大流行が起こった。EV71は,1987年8月以降2年以上分離されておらず(表2),この間に,EV71に対する感受性者群が増加し,今回の大流行が起きたと考えられる。

 今回検体が採取された手足口病患者の年齢は,約70%が3歳以下であった。臨床症状としては発熱(91%),発疹(71%),口内炎(59%),髄膜炎(26%),上気道炎(24%),水疱(21%)等があり,口内炎や髄膜炎の頻度が高いように思われる。患者の年齢による症状の差異は認められなかったが,髄膜炎の併発は4月以降に多くみられ,4〜6月に搬入された検体の約半数が,髄膜炎併発例から採取されたものであった。この原因は不明であるが,4月以降,総合病院からの検体搬入数が増加したことも影響していると思われる。

 ウイルスの分離同定にはVero,FL,RD18−S細胞を用いたが,EV71はほとんどVero細胞で分離され,RD18−S細胞でも数株分離された。エンテロウイルスは,この他にヘルパンギーナからEV71が1株,CB3が2株分離されている。

 参照:福岡県結核・感染症サーベイランス事業資料集(昭和62〜63年)。病原微生物検出情報月報97号,113号。



福岡県衛生公害センター 梶尾 淳睦,松本 源生



長崎県



 感染症サーベイランス患者定点から報告された手足口病の患者発生数を月別および地区別に表1に示した。

 患者発生は1990年3月以降急激に増加し,6月末現在では1,968名に達した。これは1989年患者発生数の約21倍にあたり,1990年3月の発生数だけでもすでに1989年一年間の患者発生数を上回っている。また,県内を大きく県南,県央,県北,離島の4ブロックに分け患者発生の推移を比較すると,流行は3月県央地区から始まり,4月県北地区,5月県南地区,6月離島地区へと拡大していった様相を呈している。6月には県下全域での流行が観察され,それぞれの地区で患者発生数は最も多くなっている。特に長崎市を中心とした県南地区では5〜6月の2ヵ月間に流行は一挙に拡大していったことが推察される。

 一方,病原検索においては,6月末までに52名の手足口病患者から糞便16,咽頭拭い液45,髄液19の計80検体が得られたが,これらは全て県央,県北地区の患者から採取されたものであった。当所では各月末に一度当月の検体を回収するシステムをとっているためウイルス分離はおおよそ1ヵ月遅れとなり,現在5月末までの検体についてウイルス分離および同定が終了した。その結果,患者42名中22名から,材料別では糞便12検体中8検体から,咽頭拭い液35検体中16検体からウイルスが分離され,全てエンテロウイルス71型(EV71)であった。また,この他に1名の無菌性髄膜炎患者の糞便からもEV71が検出された。25株の分離ウイルスは2〜3株にBreak through現象がみられたものの,20単位抗血清で比較的容易に中和された。今回の手足口病患者52名中には16名に合併症として髄膜炎を伴うものがみられたが,これらの患者より採取された14検体の髄液からはこれまでにウイルスは1株も分離されなかった(表2)。

 検体が採取された患者数を年齢別に表3に示したが,0〜2歳の乳幼児が52名中35名と全体の67%を占めている。過去本県においては,1986〜87年にEV71による手足口病の流行がみられており,したがって今回はその後に生まれた2歳以下の年齢層を中心に流行したものと考えられる。



長崎県衛生公害研究所 鍬塚 眞,熊 正昭,中馬 良美



大分県



 大分県の手足口病の近年における流行は1982年(CA16),1983年(EV71),1985年(CA16)と1987年(CA16)にみられ,特に1982年と1983年の最盛期には,一定点当たりそれぞれ20.9人,9.8人の患者発生が認められた。本年度は1982年の流行を凌ぐ大流行の様相をみせているが,県の北西部から広がったようである。

 サーベイランス患者情報では,4月25名,5月201名,6月1,081名,7月21日現在1,198名,累計で2,505名と患者の報告数が増加している。

 手足口病症状のあったものからのウイルスの検出を,咽頭拭い液を対象にFL,BGM,Vero,RD−18S細胞と哺乳マウスを併用して行った。7月10日までに検査を行った78名のうち40名からウイルスが分離された。その内訳はEV71が18株,CA16が7株,CA10が6株,ECHO30が5株などであった。

 EV71は主にFLとRD−18Sで分離されたが,そのうち5株は哺乳マウスにも感受性を示した。RD18−Sでは2代継代で明瞭なCPEの広がりを認めるが,FLのCPEは明瞭でなく2株分離できた。CA16はRD−18Sで2株,哺乳マウスで5株分離されたが,RD−18Sでの分離は3代継代で分離できた。

 患者の年齢は0歳〜9歳までの年齢層に分布しているが,0〜3歳までが約60%を占めている。臨床症状としては発熱(38.0℃〜39.5℃),発疹,口内炎を認めるものが多く,その他ヘルパンギーナの併発や頭痛,嘔吐を呈するものも認められた。

 ウイルス分離状況からみる限り,本県における手足口病はCA16とEV71の混合流行により,1982年以来の大流行になったものと推察され,今後どのような推移を示すか注目される。



大分県公害衛生センター 小野 哲郎



表1.東北ブロックにおけるウイルス分離状況(平成2年6月末日現在)
図1.県内各地における週別手足口病患者発生状況(秋田県)
1990年手足口病からのウイルス分離成績(秋田県)
図2.EV71(名古屋株,分離株)に対する中和抗体保有状況(4倍スクリーニング:秋田県大館市住民血清,平成元年9月)
表1.1990年4月〜6月末までの神奈川県地区手足口病患者検体数
表2.1990年4月〜6月末までの神奈川県における手足口病患者からのウイルス分離状況
表1.年別手足口病ウイルス検出数と患者数(長野県)
表2.月別・地区別手足口病流行状況および分離状況(長野県)
図1.手足口病,月別患者報告数(1987年1月〜1990年5月)(福岡県)
表1.手足口病の月別検体採取数と分離ウイルス(福岡県)
表2.手足口病からの分離ウイルス(福岡県)
表1.月別,地区別患者発生数(長崎県)
表2.月別患者数,検体数およびウイルス分離数(長崎県)
表3.年齢別患者数(長崎県)





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