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ヘルペスウイルス・ファミリーの中で地域的流行を起こすのは水痘・帯状疱疹ウイルス(VZVと略)のみである。我々は,神奈川県平塚市を定点地域として水痘流行の分子疫学的解析を実施している。今回1989年12月から1990年1月にかけての水痘流行時に,アデノウイルス流行の重複感染を把握したので報告する。
症例は,1989年12月から1990年1月の間に典型的な水痘で来院した12症例で,表1に示した。*印の症例3と4,7と8,9と10は同一家族(家族内感染)の症例で,他は疫学的には関連のない症例である。各症例から水疱発現日を第一病日として,経時的に咽頭ぬぐい液を検体として採取した。
検索の一つは,HEL(ヒト胎児肺)細胞を用いたウイルス分離と,その分離ウイルスについて,各種制限酵素を用いた切断点の電気泳動パターンによる分子疫学的解析を行なった。今一つは,一定検体から直接DNAを抽出し,それを鋳型にVZVのPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法1,2)による,ウイルスゲノムの検出とコピー数の定量を実施した。
PCR法による検索では,全例からVZV・ゲノムが検出された。検出ウイルス量は各症例で異なり,症例1では107コピーと大量のウイルスが検出された。また,症例3では病日に対応して105から103.5と検出ウイルス・ゲノム,いわゆる排出されるウイルス量の減少がみられた。ウイルス分離の結果では,VZVの分離できた症例の全例から同時にアデノウイルスが分離された(表1)。分離ウイルスの同定は,VZVでは感染細胞を用いた免疫蛍光法で行った。アデノウイルスでは,免疫蛍光法と中和試験によりアデノウイルス2株と同定した。また,分離されたアデノウイルス株について各種制限酵素(Sal I,Bam HI,Sma I,Pst I)での切断パターンの解析を試みた。その結果,分離株間すべてでアデノウイルス2型実験室標準株と同一の泳動パターンを示した。以上の結果により,水痘流行時にアデノウイルス2型の流行がかさなり,重複した感染の存在を把握した。アデノウイルス2型は,急性の上気道感染を起こすことがよく知られており,水痘初期感染時では臨床的に識別がむずかしいことからも意味ある症例と考える。
VZVおよびアデノウイルスの家族内感染の一例を図1に示した。表1の症例7と8の姉妹例である。第一次感染の姉の第一病日,第二次感染の妹の発病17日前から経時的に咽頭ぬぐい液を採取した。各検体についてPCR法によるウイルスゲノムの定量から,感染様式の解析を試みた結果である。二次感染症例M8では,発病に地13日で102.5コピー検出され以降消失し,水痘発病と同時に106コピー検出された。これは,発病と同時に咽頭から大量のウイルスが分泌され,飛沫感染の源となり得ることを意味し,重要なことと考える。この事実から,一次感染症例M7の姉の第一病日の飛沫が第二次感染症例M8の妹への感染源と仮定すると,発病までの潜伏期間は17日と推定される。
アデノウイルスは*印の第一次感染例の3病日,第二次感染例の6病日でVZVと混合で分離された。感染様式は,水痘後の免疫機能低下状態の姉が地域流行のアデノウイルス2型の感染を受けた後,VZVと同様の様式で妹へ感染したものと推測される。
文献
1)本藤 良,井上 栄,和山行正,伊東佑英:ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)による水痘患者材料中のウイルスの定量:臨床とウイルス18,331〜335,1990
2)本藤 良,井上 栄,大沢 忍,伊東佑英:水痘・帯状疱疹:蛋白質 核酸 酵素35,3034〜3040,1990
雲出小児科医院 伊東佑英
北里大・検査センター 和山行正
国立公衆衛生院 本藤 良 井上 栄
表1.ウイルス学的検索結果
図1.水痘の初期感染
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