HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.13 (1992/6[148])

<国内情報>
ライム病病原体保有マダニ類の分布状況


 ライム病は病原体のBorrelia burgdorferiがマダニ類により伝播される人獣共通感染症である。本病は主として北半球の北アメリカ大陸やヨーロッパ諸国で患者が多数発生し社会問題にもなっている。我が国では長野県で初めて患者が発見されてから6年経過し,その間に各地から本症例が報告されている。北海道では20例の患者が確認され,我々はこのうち4例の患者皮膚生検材料から本病原体を分離・培養することに成功した。その他,田中ら(1991)の分離例もある(表1)。

 我々は本病の主要な媒介者として知られるマダニ類を調査した。これまで北海道,青森,岩手,福島,埼玉,東京,神奈川,山梨,長野,富山,大分,鹿児島から未吸血マダニ類2属14種をハタズリ法で採集して検査し,このうち1属5種より本菌体を分離−確認できた。ヤマトマダニは北海道から鹿児島まで広く分布し,また,すべての場所のダニから9.6%〜49.0%(平均19.8%)の割合で菌株が検出された。一方,シュルツェマダニは北海道,青森,山梨,富山から採取されたが,病原体は北海道(15.3%),山梨(15.4%),長野(21.7%)で確認された(表2)。

 これら分離菌株の蛋白組成を電気泳動法(SDSPAGE)で調べてみると,各地のヤマトマダニ由来株はほとんど均一で,米国の標準株B31で作成された種特異的モノクローナル抗体(H5332)とすべて反応し,菌体表層蛋白(OspA)の分子量は30kDaである。一方,シュルツェマダニ由来株はダニ採集場所にかかわらず,OspA分子量は31〜34.5kDaと多様性を示し,また,H5332と反応しない菌株も見られた。このように日本産菌株は米国のB31株(OspA:31kDa)と蛋白組成の同一のものは見られなかった。この他,少数のタヌキマダニとアカコッコマダニの成虫,Ixodes sp. N2(若虫)から菌株が分離されている。

 マダニ類有毒化の機構は病原体の@経卵巣感染とA保菌動物からの授与が考えられる。実験の途中ではあるが,シュルツェマダニ有毒雌成虫からの幼虫約1,000匹余を調べたが,病原体は検出されず経卵巣感染は確認されていない。一方,同無毒雌由来の幼虫を実験感染スナネズミや有無アカネズミに寄生・吸血させると容易に有毒化することを実験室で証明した。また,これら幼虫は若虫に発育させると病原体も経期感染する。

 我々はまた,シュルツェマダニ型菌株保有アカネズミにヤマトマダニ幼虫を吸血させると同菌株を取り込むが,これら幼虫は若虫に発育すると菌体は消失することを実験的に経験した。このことは,野外で種々の宿主より回収した飽血マダニを材料として媒介者の調査をする時,“注射器現象”で誤った成績を得る恐れのあることを示唆するものと考える。

 日本で発生したライム病患者の多くは節足動物の寄生を受けており,そのなかの5例からシュルェマダニ標本が確認されている。わが国の人体マダニ寄生例はヤマトマダニが最多種であるにもかかわらず,本種による患者発生はまだ知られていない。全国的に広く分布するヤマトマダニの保持する病原体の意義,本マダニの有毒化の機構や実験動物の開発など未解決の問題が多く,今後の研究の進展に期待するところが多い。

 マダニ類採集のため,大原総合病院附属大原研究所・藤田博己,信州大学医学部・内川公人,埼玉医科大学・藤本和義,富山県衛生研究所・渡辺護の諸先生方に協力していただいた。



旭川医科大学寄生虫学教室 宮本 健司,中尾 稔


表1.ライム病症例(北海道)
表2.日本産マダニ類からのライム病病原体(Borrelia burgdorferi)の検出状況





前へ 次へ
copyright
IASR