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Vol.14 (1993/2[156])

<国内情報>
生物農薬として使用が許可されたBacillus thuringiensisとセレウス菌との関連


 Bacillus thuringiensisは有芽胞の土壌細菌で,食中毒の起因菌であるセレウス菌に極めて類似した性状を示すが,芽胞形成末期に鱗翅目や双翅目の幼虫に対して特異的な殺虫活性を示す蛋白結晶体を形成する。本菌はセレウス菌と同様に鞭毛抗原に特異性があり,36種の血清型(亜種)に分類され,セレウス菌の鞭毛抗原とは免疫学的に相違している。本菌が産生する殺虫毒は血清型(亜種)により標的昆虫の種類が異なるが,昆虫の幼虫のみに特異的に作用し,その他の魚介類,鳥類,ほ乳類など,あらゆる生物には作用しない特徴から生物農薬としての利用が検討されてきた。また,化学農薬による環境汚染問題がクローズアップされるにつれて本菌製剤(BT製剤)に着目された。米国においてはいちはやく,ヒトなど脊椎動物に対する安全性,水生動物など環境への影響を踏まえて,1961年に露地栽培やハウス栽培食用作物,タバコなどの非食用作物,あるいは森林にB.thuringiensis亜種kurstaki(血清型3abc)の散布が許可された。その後65カ国において本菌が生物農薬として許可され,最近では遺伝子工学の技術により,食物の根に寄生するPseudomonasや根粒バクテリアあるいは植物細胞そのものの染色体に毒素産生遺伝子を導入し,農薬を散布する必要のない作物の育成にも成功している。

 わが国ではB.thuringiensisが下痢型食中毒の起因菌であるセレウス菌の産生するエンテロトキシンと免疫学的に類似する毒素を産生することが指摘されたことから,安全性評価が長らく保留され,リンゴ,サクランボなどに対してモニタリングを行いながら試験的に散布されていた。しかし,厚生省の残留農薬安全性評価委員会は平成4年7月に,これまでのBT製剤製造業者や試験的散布者に対するモニタリング調査の成績,あるいは以前から使用されている欧米諸外国で本菌による食中毒事例の報告がないこと,ならびにサルへの感染実験成績を踏まえて,BT製剤の全面使用の許可を出した。従って,今年度からは「あぶらな科野菜」,「りんご」,「茶」,「たばこ」,「さくら」,「プラタナス」を対象に広くBT製剤が使用されるものと思われる。

 ただし,B.thuringiensisの多くの菌型はセレウス菌のエンテロトキシンと類似の物質を産生することは事実であるし,家兎腸管結紮試験が陽性となることから,食品衛生上の問題が懸念される。今回の厚生省の認可には環境への影響も含めてBT製剤の安全性に関わる全国的なモニタリングが義務づけられている。B.thuringiensisやBT製剤の菌株による下痢症が発見された場合には適切な処置を講じなければならない。本菌の形態学的および生化学的性状がセレウス菌と類似することから,セレウス菌食中毒発生時にはB.thuringiensisとの鑑別が必要である。また,B.thuringiensisと同定された菌株と,生物農薬として散布されたBT製剤に使用されている菌株との鑑別が重要となる。両者の鑑別の一手段として血清型別が応用できることから,東京都立衛生研究所では,B.thuringiensisの血清型別に必要な血清を調製した。BT製剤として許可された亜種kurstaki(血清型3abc)には類似の亜種alesti(血清型3ac),亜種sumiyoshiensis(血清型3ad),亜種fukuokaensis(血清型3ade)が含まれるため,b,c,d,eの各因子血清の調製も行った。

 各都道府県で食中毒患者や散発下痢症患者からB.thuringiensisが検出された際には必ず当研究所に菌株を送付されることをお願いしたい。BT製剤に暴露される製造者や農村地方のBT製剤散布者については継続した監視,あるいは検査が望まれることを付記する。



東京都立衛生研究所 伊藤 武





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