|
某大学バスケットボール部合宿参加者に4名の無菌性髄膜炎の集団発生を経験した。4例中3例の髄液からエコーウイルス9型が分離された。無菌性髄膜炎が成人のみに集団発生することは極めて稀なため,症例の概要と疫学的調査結果について報告する。
症例の概要
年齢は20歳から26歳(平均23歳),全例男性で,既往歴に特記事項はない。1992(平成4)年8月29日から30日にかけて頭痛・発熱が出現し,症状が増悪したため入院となった。入院時,高熱(38.5℃以上)と髄膜刺激症状が見られ,髄液検査では髄液圧上昇や細胞数増加が認められた。また,4例中3例の髄液からエコーウイルス9型が分離された。なお,全例とも保存的療法により順調に軽快した。
全員が某大学バスケットボール部の夏期合宿参加者であることが判明し,時期を同じくして無菌性髄膜炎を発症したため,合宿参加者における集団発生と考えられた。この集団発生について,合宿参加者の行動や健康状態などを調査し検討した。
疫学的調査
1)合宿は埼玉県内の大学体育館(1992年8月24日から25日)と軽井沢(8月26日から29日)の前・後半に分けて行われた。総参加者数は17名。発症した4名全員が参加していたのは8月24日と25日のみで,この期間の参加者は14名であった。練習時における参加者間の特記すべき接触は,同一容器からの飲料水の回し飲みだけであった。
2)合宿前に健康状態に異常があり,髄膜炎発症者全員と練習をともにしたのは1名であった。この者は8月21日から22日まで下痢状態で,合宿期間中に異常はなかったが,合宿後に感冒様症状を呈した。また,合宿直前まで参加していた語学研修先(カナダ)で友人が発熱,頭痛等の感冒様症状を呈していた。この者以外で髄膜炎発症者全員と練習をともにしていた1名に合宿後感冒様症状がみられ,その友人が9月8日から髄膜炎様症状を呈した。
3)発症した4名中3名が学生寮生活者で,残る1名が社会人で寮生活者(8月24日と25日のみ参加)であった。このため,学生寮生活者や社会人寮生活者の健康状態を調べたが,健康異常者はいなかった。
4)7月および8月に埼玉県下でエコーウイルス9型の検出報告はなかったが,広島,大阪等で検出されていた。このため,学生の帰省先を調べたところ,広島に帰省していた1名が発症していた。しかし,その家族・友人に健康異常者はいなかった。
まとめ
1)無菌性髄膜炎が成人のみに集団発生することは極めて稀であり,検索し得た限り本邦での報告はない。
2)4例中3例の髄液から9型エコーウイルスが分離され,原因ウイルスは特定された。
3)感染時期は髄膜炎患者が全員合宿参加していた8月24日から25日と考えられた。
4)エコーウイルスは経口感染することが知られているが,免疫能に問題の無い成人に発生したことから,濃厚な接触があったものと推察された。飲料水を同一の容器から摂取していた以外に濃厚な接触がなかったことから,これが媒体となった可能性が極めて高いと考えられた。
5)合宿前に下痢を呈していた者が感染源として,また,合宿後に感冒様症状を呈した者などが感染者として疑われた。しかし,ウイルス学的検討を実施しておらず,特定には至らなかった。
防衛医科大学校第三内科
上部 泰秀,中村 良司,鎌倉 恵子,永田 直一
|