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我が国で問題になるエキノコックス症(E症)の病原虫は2種類,すなわち単包条虫と多包条虫があるが,北海道におけるヒトのE症は多包条虫の幼虫によるもので,ヒト単包虫症例は今までのところ報告されていない。その流行は年代と地理的違いにより次の3つに分けることができる(図1参照)。
最初の流行は北海道の北端に位置する礼文島で起こり,1937年から1965年までに累計患者数114名を記録した。しかし,1948年に同島に対する初調査が行われ,さらに1952年には北海道礼文島包虫症対策協議会を設置して本格的調査を開始して以来,終宿主(キツネとイヌ)を徹底的に駆除したことにより,この流行は,その後漸次減少し,1989年まで累計131名に達したが現在新たな患者発生を見ていない。
一方,1965年に根室市在住者に患者を発見後,根室・釧路2支庁のいわゆる道東地方で1991年度まで累計134名に上った第2の流行は,最近5年間でも毎年5名あるいは9名の新患者が発生し,依然衰微する気配を示していない。
この間,その他の地域(礼文・根釧地方を除く)で確認された患者数は,1988年まで30名であったが,1989年から1991年の3年間でさらに19名増え,特に根釧地方に隣接する道東北地域や道西地方で増えている。このように北海道本島での患者発生は,従来からの汚染地域である東北海道から中央北海道に向かって広がりを見せ,第3の最も新しい流行のフォーカスを道南を中心とする西北海道に築きつつあるように見える。ウエスタン・ブロッティング法に基づく最近の血清疫学的調査でも西北海道に新たな流行のフォーカスが存在することを示唆している。
またE症媒介動物(キツネ,イヌ,野ネズミ等)に関する疫学調査によると,1966年に調査を開始してから1982年まで根釧地方の10市町村に限局していた汚染は,1983年以降疫学調査が進むにつれ,1987年には全道212市町村中121市町村にまで拡大し,1992年までには179市町村が重点地域となり,全道の84.4%に達した。このため,道では,1984年に改正した北海道E症対策実施要領をさらに変更して,1993年4月から重点地域の指定を廃止し,全道一円で対策を実施することとしている。北海道におけるE症対策は1948年に礼文島対策を開始して以来,道が中心となり対策を実施してきた。しかし,エキノコックス虫体が確認された地域が急激に拡大したため,実情に即したきめ細かい対策に取り組むこととして,1986年に北海道E症対策実施要領を改正して,市町村が実施主体となり,衛生教育,健康診断,媒介動物対策,飲料水対策,学術研究などの諸対策を実施し,道は市町村が実施困難な事業を担当するという役割分担により,今日に至っている。
この対策実施要領に基づきスタートした汚染地域住民の一次検診(ELISA法による血清反応試験)は最近3年間では,年8〜9万検体に及んでいる。陽性率は年平均およそ0.3%程度であり,血清反応陽性者(要観察者)は,さらに調査のため画像診断等の二次検診を受けることになっている。北海道E症対策実施要領に基づく衛生教育の徹底,マススクリーニング検査の実施により早期発見の割合が増し,外科的手術後の完全治癒率は10年前より飛躍的に上昇したことは特筆すべきことである。
参考文献
(1) 保健と予防衛生,北海道保健環境部保健予防課事業概要,昭和54年度〜平成3年度
(2) 熊谷 満:北海道公衆衛生学雑誌,2:81-101,1988
(3) 内野純一,佐藤直樹:肝包虫症「最新消化器外科シリーズU:肝臓(U)」,173-187,1991
(4) Uchino, J. et al., Proceedings of the International Workshop on Alveolar Hydatid Disease, 23-24, Department of Human Services, Atlanta, 1990
(5) Furuya, K. et al., Jap. J. Med. Sci. Biol., 43 : 43-49, 1990
(6) Takahashi, K. & Furuya, K. Relationship between human epidemiology and the parasitic infection of foxes in Hokkaido, Japan. 3rd International Symposium of Echinococcosis, Besancon, France, 1992
北海道立衛生研究所 古屋 宏二
北海道保健環境部保健予防課 赤間 秀明
図1.北海道におけるエキノコックス症患者の年次推移
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