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Vol.14 (1993/7[161])

<国内情報>
我が国における日本海裂頭条虫の存在とその患者発生状況


 1889年飯島によって我が国で初めて広節裂頭条虫Diphyllobothrium latumの報告がなされ,我が国においても本症の存在が明らかにされたが,この日本産の裂頭条虫は形態学的にも分類学的にもそのタイプ種と変わりがないという考えのもとに,そのまま広節裂頭条虫の名前が使用されてきたが,加茂ならびにその共同研究者達による分類・形態学的研究,さらには生態学的研究(Yamane et al.,1986),遺伝学的研究(Matsuura et al.,1992),免疫学的研究(Fukumoto et al.,1987,1988)が大々的に行われた結果,日本産のものはパラタイプと考えられているフィンランド産のD.latumとは明らかに異なることがわかり,独立種とすることが望ましいとの考えから,新種日本海裂頭条虫D.nihonkaienseと命名されるに至った(Yamane et al.,1986)。

 この日本海裂頭条虫症の患者については第二次世界大戦中はほとんど報告がなく,また,戦後もさして多くは報告されていなかったが,1970年代に入ってから次第に患者報告が見られるようになり,1970年の初め頃から患者が増加し始め,1980年代前半にはかなり多くの患者発生が見られた。ただ1980年代半ばから後半にかけてはやや患者数の減少を見ている(図1)。

 この1970年代半ばから後半に多発した理由のひとつは,それ以前は感染源とされているサケ,マス類を北海道から北陸沿岸にかけての水揚げ地から鮮魚のままで都市部に送り込むことが極めて困難であったので,塩漬けの「新巻」等に加工されて送られ,そのためサケ・マス類は生食の対象とならず,都市部での感染者はほとんど見られなかった。しかし,1970年代になって我が国における食品の流通機構が大きく改善されたため,都市部であっても,朝,北海道等の近海で捕獲されたサケやマスがその日の夕食の食卓の上に刺身となって飾られ,当然表1のように北海道,青森,秋田,新潟,石川,長野等の諸県での感染者の多発以外に東京,神奈川,千葉,大阪のような都市部での本虫感染者の多発につながったのである。ただ,1980年代半ばから患者数が減少している理由は良くはわからないが,現在でもサクラマスにおける日本海裂頭条虫の幼虫(プレロセルコイド)の感染率は最初の発見の当時とほとんど変わらず30%前後の寄生率を示しているので,感染者は依然として見られている。

 日本海裂頭条虫感染者はいわゆる広節裂頭条虫感染者に比べてあまり自覚症状がないとされているが,現在までに報告された者の中で,自覚症状の有無が記載されていた250例について解析を行うと,自覚症状のない者は39.6%,残りの約60%の自覚症状を有する者では34.4%が腹痛,33。6%が下痢,以下,疲労倦怠感(12.4%),腹部不快感(12.0%),軟便(6.4%)などの消化器系障害が主なもので,神経ないし全身症状としては前述の疲労倦怠感,めまい(5.2%)などが若干見られる。また,日本海裂頭条虫にはまず認められないとされている貧血症状は4例から報告されているが,うち3例は吉沢・堀井(1967)による学会での報告で軽度としか記されていない。他の1例は神田(1981)による12歳の川崎市在住の男児においてで,ベニマスの刺身により感染し,腹痛と水様性下痢,易疲労感,顔色蒼白で目瞼結膜に貧血があり,ヘモグロビンも11.4g/dlと明らかに低いことが報告されている。ただし,本症の貧血の原因となるVitamin B12(Bonsdorff,1956)の測定値は入院中ならびに硫酸パロモマイシンでの駆虫後も共に正常であったとされており,それ以上のコメントはなされていない。この患者は好酸球数も11.0%とやや高いことが認められている。

 以上,成長すると10mにも達する我が国における最も大型の条虫は従来の広節裂頭条虫とは種々の点で異なり,新種日本海裂頭条虫と命名され,今後も患者発生が続くものと考えられる。

文献

Fukumoto,S. et al.:Jpn.J.Parasit.,36,222-230,1987

Fukumoto,S. et al.:Jpn.J.Parasit.,37,91-95,1988

神田忠義ら:逓信医学,33,91-95,1981

Matsuura,T. et al.:J.Helminth.,66,261-266,1992

Yamane,Y.:Jpn.J.Parasit.,30,101-111,1986

Yamane,Y.:Shimane J.Med.Sci.,10,29-48,1986



予研寄生動物部 影井 昇


図1.第二次世界大戦後の日本海裂頭条虫の年次別患者発生状況(医学中央雑誌より)
表1.都道府県別患者発生状況





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