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麻疹ウイルス(MV)は遺伝的に非常に安定しており,抗原性などの変異はないため,生ワクチンの感染予防効果は生涯持続するものと考えられてきた。しかしながら,最近,国内・外においてワクチン既接種者の麻疹罹患(修飾麻疹)が報告され,これらについて再検討する必要性が生じている。このような観点から麻疹に関する疫学調査と流行ウイルスの性状を注意深く観察することは今後の予防対策の立案に不可欠となっている。
野外ウイルス(WMV)の分離法:B95a細胞(B95−8由来)に患者検体(咽頭拭い液,末梢リンパ球)を直接接種する。18〜24時間後に細胞変性(合胞体)が出現する。接種後24時間に液換する。検体接種後5日間観察し,陰性のものは廃棄する。本細胞はWMVに高い感受性を示し,発熱〜発疹出現時の検体から高率に分離される。また,その分離ウイルスはサル類にヒト麻疹と同様な病原性を示すことから,本実験系は麻疹の病原性に関する研究にも有用と考えられる。
WMV分離例:最近のWMV分離例は表1に示すとおりである。臨床的に麻疹と診断されなかった症例から多数のWMVが分離され,最近の「麻疹」の流行様式を示すものと考えられる。
分離WMVの性状:構成蛋白の分子量,塩基配列,抗原性,赤血球凝集(HA)能について1950年代および1980年代以降の分離ウイルスを比較した。
<構成蛋白>SDS−PAGEで構成蛋白を分子量レベルで比較した結果,近年のWMVはHA蛋白に大型化傾向を示している。1977年のWMVではこのような変化は見られず,1983〜84年の流行株では大小のWMVが混在し,90年代に入り分離されたWMVはそのほとんどが大型HAとなっている。
<塩基配列>HA部分についてPCRダイレクトシークエンス法で塩基配列を比較した。その結果,複数部位に塩基置換を示している。1980年代以降のWMVではその1,266位にG→A置換を示し,その結果,同部に新たな糖鎖結合部位が形成されることが判明した。
<HA活性>MVはアフリカミドリザル赤血球(GMRBC)を凝集(HA)し,その感染細胞はGMRBCを吸着(HAD)する。しかし,1980年代以降のWMVのHA活性は陰性化しており,1980年代以降のHA蛋白の大型化と時期的に一致している。
<抗原構造>抗原決定基の異なるモノクローナル抗体および感染免疫抗体と年代別WMVを抗原としてウイルス中和試験を行い,抗原構造を検討した。表2に成績を示した。その結果,1977年以降に抗原決定基レベルでの抗原変異の存在することが明らかにされた。
以上の成績を表3にまとめ,1950年代の流行株(旧ウイルス株)と比較した。表から明らかなように,近年のWMVは旧ウイルス株とその性状を異にしつつある。現行のワクチン株は主として1950年代の分離ウイルスが用いられていることを考え併せると,今後,WMVの変異がさらに蓄積されれば,現行ワクチンの効果の劣化を招くことも推測される。また,麻疹はWHOによる次期の撲滅標的疾患に指定されていること等から,関係機関との連携の下に麻疹流行の現状を全国規模で把握し,予防対策を立案する必要があるものと考えられる。
予研ウイルス製剤部 小船 富美夫
表1.最近のWMVの分離成績
表2.ウイルス抗原性の比較
表3.麻疹ウイルスの性状比較
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