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わが国におけるヒトの糸状虫症(バンクロフト糸状虫およびマレイ糸状虫症)は,現在ではほぼ撲滅対策が成功したと言ってよいであろう。
このような糸状虫症に代わって犬糸状虫(Dirofilaria immitis)の人体感染例が人畜共通の寄生虫病として1964年にわが国で初めて報告された後,1970年代後半までは図1にみるように人体寄生例は散発的であったが,1980年になってからは毎年かなりの症例が報告されるに至っている。
ヒト犬糸状虫症は肺寄生例が多く(肺犬糸状虫症Pulmonary dirofilariasis),それも肺癌や肺結核等の診断名で切除され,病理学的検査で初めて犬糸状虫寄生によるものであることが判明したものがほとんどである。近年における種々の画像診断技術の改善・発達によって,極めて容易に微小な病巣でも発見でき,それらの病巣が1%でも癌等の疑いを捨てきれない場合は,開胸し肺切除を行うため,本症例が発見され,患者数が多くなってきているものと考えられる。
一方,肺外犬糸状虫症(Extra-pulmonary dirofilariasis)は,伝播者によって経皮感染した幼虫が皮下組織またはその周辺部に留まり,あるいはヒトの体腔内臓器に侵入し,やがて虫体が細胞群に取り囲まれ,限局性肉芽腫を形成する場合であるが,肺外犬糸状虫症は全ヒト犬糸状虫症の16%程度である。
わが国産の犬における犬糸状虫の感染率はどの都道府県をみても50%をはるかに越えることが報告されており,しかもペット等で飼育されている犬以外に野犬狩りや不要犬として殺処分される犬が相当数見られることと,さらに本虫を伝播するトウゴウヤブカやシナハマダラカ等もどこででも見ることができることから,本症患者も図2のようにほぼ日本全国での発生がみられているし,今後も患者が発生する可能性は十分に考えられる。
現在,本症の多くは切除後に初めて確定診断がなされているのが現状で,術前の診断はほとんどない。従って,今後は免疫血清学的,あるいはその他の診断法で術前の診断がなされるような研究が行われるべきであり,さらにはそれらの患者に対する治療法の確立も重要である。
参考文献
影井 昇:日獣医師会誌,41(9),621−629,1988
影井 昇:Medico,21(10),1−39,1990
予研寄生動物部 影井 昇
図1.ヒト犬糸状虫症の年次別患者発生数
図2.わが国における都道府県別ヒト犬糸状虫症患者発生状況
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