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Vol.14 (1993/11[165])

<国内情報>
男子泌尿生殖器の膣トリコモナス感染の現状


 膣トリコモナス(Trichomonas vaginalis)は原虫の一種で,伝播形式は,主としてSTD(Sexually transmitted diseases,性感染症)としてである。女性から女性へは便器等,器物を介しての感染もまれにあるし,産婦人科の診察行為でうつることもあるという。

 膣トリコモナス感染が,感染症サーベイランスのデータにのせられるようになったのは昭和62年からであり,それ以前のデータはない。註)

 筆者は泌尿器科医なので,主として男性の方しか調べていないが,昭和30年代の末から40年代の初めまでは,男性からの膣トリコモナス検出率は2%位であった。ところが最近は1%を割ってしまっている。

 男性の方のデータはあるが,最近の女性の膣トリコモナス感染率については,本邦では文献上の報告も少ないが,一般的に婦人科医達の印象では,かなり減っているそうである。このような傾向は諸外国には見られない。減少の原因も推定にすぎないが,私の考えているのは,日本でクロラムフェニコール(CP)を含む膣坐剤が使われなくなった時期と一致しているように思われる。CPの副作用がやかましく言われるようになり,それまで世界有数のCP使用国だったわが国では,ピタリとCPを使わなくなった。膣坐剤についてもそれによる副作用の有無を云々する前に使用されなくなってしまった。

 保険診療上,膣炎には洗浄を行い,坐剤または膣剤を挿入し,それらを処方してやるというのが効率が良い。このためCP坐剤に代わるものとして,抗真菌剤を含む膣坐剤または錠が使われると,抗膣トリコモナス力も有するものがあるため,減ってきたのではなかろうか。それに伴って男性の方も減ってきたと考えると,理屈がつくように思われる。

 膣トリコモナス検出は,帯下では直接鏡検でも可能だが,男子の尿からは培養法によらねばならない。市販の培地で日水と富士のものが手に入りやすいが,検出感度はあまり良くなく,検体中に10匹以上居ないと確実でない。従って配偶者の女性の方に膣トリコモナスがあったら,男性の方は検出できなくても治療を行ってしまう方が良い。



 註)感染症サーベイランス事業では表に示すようにわが国各地に定点医療機関を定め,報告対象5疾病の患者数を収集している。このような資料からではわが国でそれぞれの性感染症がどの位の感染率で存在するかを知ろうとすることは困難であるが,1987年以降1992年までの性感染症の全報告数の中でのそれぞれの疾病の占める割合がどのように変化してきたかを知ることはできる。トリコモナス症はサーベイランス事業の始まった1987年には女性では性感染者全数の中でしめる割合がほぼ半分であったが,5年後の1992年には4分の1に減少しており,この傾向は感染者数は少ないが,男性でも同様の減少傾向を示している。この傾向は各年次の定点数ならびに性感染症報告総数がほとんど変わっていないことから考えると,わが国ではトリコモナス症が次第に減少しているものと考えて良いであろう(編集子)。



東海大学医学部泌尿器科学教室 河村 信夫


1975.2−1992.12の各種検体からのT.vaginalis培養検出率
感染症サーベイランス事業報告に見られるトリコモナス感染者の年次別推移





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