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Vol.15 (1994/2[168])

<国内情報>
単純ヘルペスウイルス(HSV)の型識別−その臨床的意義と現在の問題点−


 単純ヘルペスウイルス(HSV)型特異的モノクローナル抗体キットが開発され,日常臨床におけるHSV感染症の診断がかなり容易に行えるようになってから,数年が経過した。この抗体がHSVの診断率,型識別の精度の向上において果たした役割は大きい。改めてHSV型識別の意義と歴史をふり返りながら,現在,どのような問題点が残されているか考察したい。



 1.型識別の臨床的意義

 HSVには1型(HSV-1)と2型(HSV-2)の2つの亜型があることは,1960年代の後半に明らかにされた。実は,1920年代に,口から分離されるヘルペスウイルスと性器から分離されるヘルペスウイルスは異なるらしいことが示唆されていたが,約40年間注目を集めるに至っていなかった。当初,抗原性の違いから2つの型に分けられたが,その後,生物学的,臨床的な相違が判明するにつれて型識別の重要性も増してきた。その臨床的意義は次のように考えられる。

 a)疫学的事実の検討に有用である。HSV-2が分離されるのは,ほとんど性器を中心に下半身からである。一般に,HSVは接触感染によって感染することから,HSV-2の感染源は接触した相手の性器に求められる。また,HSV-2により発症した新生児ヘルペスの感染源は母体の性器に求められる。これらのことは,今後の感染予防のための有力な情報を提供してくれる。

 b)性器ヘルペスの予後,特に,再発のリスクをある程度予言できる。性器ヘルペスはHSV-1の感染でも,HSV-2の感染でも発症するが,HSV-2に感染した方が,再発する頻度がHSV-1に感染した場合に比べはるかに高い。

 c)HSVの型により抗ウイルス剤の感受性の異なるものがある。IDUやBVDU,ACVは,HSV-1には抗ウイルス活性は強いが,HSV-2には弱い。

 個々の患者における臨床的意義は以上の通りであるが,マスとして見た場合,HSV-2の頻度は性感染症としてのHSVの侵淫度を表わす指標ともなり得る。HSV-2はおそらく性行為により伝播することがほとんどであろうから,このような感染経路を監視し,さらには,性感染症の制御に資する情報を提供することにもなる。



 2.型識別法の変遷

 もともと抗原性の違いによって分けられたのであるからHSV-1とHSV-2に対する抗血清をそれぞれ動物で作っておき,これらを用いて新鮮分離株の被中和能によって型識別を行うのが常道であった。しかし,HSV-1とHSV-2には共通抗原があり必ずしもクリアカットに識別されるものではなかった。ところが,家兎の免疫血清をそのまま用いるのでなく,hyperimmuneの血清からIgM分画を取り出し,これを用いるとかなりきれいに型識別されることが判明し,これを用いて型識別が行われた。もう少し簡便な方法として,HSV-1とHSV-2の初代鶏胎児細胞における増殖能の差を利用して,マイクロプレートにより型を決める方法も行われた。後に,より型特異的な抗血清の作成を求めていろいろな試みがなされた。モルモットを用いると抗HSV-交差が少なく,よりHSV-2特異的な抗血清が得られるという報告もあった。免疫に用いるウイルスもいろいろ変えたりしてみた。しかし,所詮,大なり小なり交差反応を免れることはできなかった。

 ここに登場したのがモノクローナル抗体である。これらは特異性が高く,型識別には最も適したものであった。中でも,HSV-1とHSV-2に対するマウスモノクローナル抗体に蛍光標識したキット(例えば,Micro Trak Herpes)は,HSV感染細胞を見事に染め分け,型識別は容易であった1) 。さらにこのキットは,病変部から採取したHSV感染細胞を直接染めることもでき,迅速診断法として臨床応用されるに至った(直接法)。

 HSVのDNAを制限酵素で切断して電気泳動し,そのパターンから型を決めることも行われている。しかし,手間の煩雑さを考えれば,臨床検査に用いるには不適当であろう。



 3.現在の問題点

 上記モノクローナル抗体キットは,特異性が高い,判定が容易,検査手技が容易,短時間で結果が得られる,HSVの同定と型識別を同時に行えるという多くの利点を備えており,本邦でも汎用されてきた。その中で,次のような問題点が明らかになってきた。

 a)筆者らは,上記の直接法での診断率は,分離に比べてかなり下がることを経験している。特に産婦人科で採取される検体は,皮膚科での検体と比べて病変の性状が異なるためであろうが,粘液が多く感染細胞が採取しにくい。結局,現状では分離が最も信頼できる。

 b)上記キット中の抗HSV-1モノクローナル抗体は,HSV-1のエンベロープに存在する糖蛋白gC-1を認識する抗体1種類から成っている。そのため,gC-1が欠損あるいは変異したHSV-1は検出できないという欠点がある。実際,筆者らが139例の1型の女性性器ヘルペス患者からの臨床分離株を検討したところ,1株(0.7%)が反応しなかった2) 。日高らも,角膜ヘルペスの患者より分離されたHSV-1で,同様に反応しない株があることを報告している3) 。HSV-2に関しては,異なるエピトープを認識する3種類のモノクローナル抗体のカクテルが用いられているためであろうが,これまでのところ,反応しない株の報告はない。HSV-1に関しても,1種類だけでなく他のエピトープを認識する抗体もキット中に含まれるようになることが望まれる。他社の同様のモノクローナル抗体を用いれば,このような株を検出できたという報告がある4)

 今後は,感度と迅速性からいえば,病変部の検体から直接HSV DNAを検出し,同定・型識別まで行えるようになることが理想であろう。HSV型特異プライマーを用いたPCRもその候補の1つになり得るが,臨床応用には十分慎重でなければならない。



1)川名 尚他,感染症学雑誌,61:1030-1037,1987

2)川名 尚他,臨床とウイルス,19:376-380,1991

3)Hidaka, Y., et al. : Arch. Virol., 113 : 195-207,1990

4)日高靖文他,第37回日本ウイルス学会抄録,p. 183,1989



東大分院産婦人科 川名 尚





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