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Vol.15 (1994/4[170])

<国内情報>
軟部組織の壊死性筋膜炎を伴う劇症型A群レンサ球菌感染症(Toxic Shock-Like Syndrome)の流行の兆候


 近年,わが国では,A群レンサ球菌を起因菌とする猩紅熱や二次性病変である急性糸球体腎炎やリューマチ熱などの疾患の報告は著しく減少している。これらに対し,A群レンサ球菌による上気道感染症などは現在でも高頻度で発症がみられており,1992年後半から1993年前半にかけて全国的な流行がみられた。しかし,現在では比較的軽症であることやA群レンサ球菌は黄色ブドウ球菌と異なり耐性菌がほとんどなく,ペニシリン系の抗菌薬が奏効するので,取り扱いやすい疾患と考えられがちであった。

 ところが1980年半ば頃から欧米で,壊死性筋膜炎,筋炎等の軟部組織の壊死を伴う“streptococcal toxic shock syndrome”や“toxic shocklike syndrome”と呼称される,病状の進行が非常に早く,早期に適切な対策を講じないと急速に死の転帰をとることが多く,死亡率が約30%といわれている激症型のA群レンサ球菌感染症が相次いで報告されるようになった。この疾患はわが国でも散見されるようになり,昨年末までに当研究所に全国から約20症例の検査依頼があった。しかし,本年3月中旬までに既に20例の精検依頼があり,本疾患の急速な増加傾向が伺われる。

 現在,本疾患の診断基準は確立しておらず,その全貌も未だ明らかではない。昨年1月に米国疾病予防センター(CDC)などの専門家からなる私的ワーキング・グループではA群レンサ球菌による本疾患の診断基準(案)を提案した(表)。わが国で発症している本疾患の所見はほぼこの診断基準に合致している。わが国でこれまで発症している患者の年齢は0歳から76歳である。患者の多くは免疫機能が低下した易感染患者ではなく,特に基礎疾患のない健康な壮年であるが,患者の中には打撲や創傷を受けた人や糖尿病の患者も含まれている。症例のなかには電撃的な肺血症の症例や初発時から血圧低下と同時にショック症状を起こす症例,さらに軟部組織の壊死や壊死性筋膜炎を伴う症例等があり,各種の治療に反応せず,最終的には成人呼吸窮迫症候群・多臓器不全等を起こし,不幸にして死の転帰をとる症例もある。最近,早期に本疾患と診断され,直ちにペニシリンの大量療法が実施され,死の転帰を免れた症例も多くなっている。また,これまで二次感染で発症したと考えられる症例の報告はない。軟部組織の壊死を伴う症例では,皮膚移植きために長期の入院となっている。

 本疾患の起因菌であるA群レンサ球菌は血液,創傷部位,関節液,壊死組織から高率に検出される。患者から分離されるA群レンサ球菌の性状は,米国の報告ではT型,M型がT1/M1;T3/M3で,発熱性毒素(streptococcal pyrogenic exotoxin,SPE)Aを産生する菌株に限定されているように考えられていた。しかし,欧州で患者から分離されるA群レンサ球菌は,SPE A産生菌が少なく,SPE B,SPE CまたはSPE B+C産生菌が主であった。

 現在,わが国では本疾患から分離されるA群レンサ球菌のT型は,T1型およびT3型がそれぞれ30.7%で全体の60%以上を占め,そのほかにT22型およびT28型がそれぞれ10.3%を占めている。主にこの4種類のT型に限定されている。発熱性毒素型ではSPE A,SPE BおよびSPE B+C型がそれぞれ25.6%で全体の75%以上を占めている。これらの毒素の検出は当研究所で開発したラテックス凝集反応(RPLA法)で実施した。

 劇症型レンサ球菌感染症にみられる,激烈な病状が発熱性毒素だけで惹起するとは想定しにくく,A群レンサ球菌の産生するプロテアーゼやその他の未知の病原性因子の関与も想定されている。近年,激烈な臨床症状を呈する本疾患が世界的にみられることは,A群レンサ球菌の流行菌型に変化がみられ,病原性の強いA群レンサ球菌が出現したためではないかとも考えられており,それの解明が急がれている。

 近年,T3型のA群レンサ球菌は劇症型A群レンサ球菌感染症患者に限らず,その他の患者の咽頭拭い液からも高頻度に分離される。その原因は不明であるが,T3型菌のA群レンサ球菌全体に占める割合が急増傾向にある。このことが劇症型A群レンサ球菌感染症の流行と関連あるか否かについて検討する必要があると考えられる。

 現在,劇症型A群レンサ球菌感染症の発症機序は全く不明であるが,その臨床症状や病状も患者個々によって異なっている。そのため,本疾患の発症機序を解明するためには,A群レンサ球菌の菌側の病原性因子の検討も重要であるが,同時に本疾患の発病を促進する患者側の因子についても検討する必要があると考えられる。そのためには剖検所見の詳細な観察が非常に重要になっている。

 劇症型A群レンサ球菌感染症は,関東,中部,近畿,中国,九州などの1都1府13県から報告されているが,それ以外の地域をも含めて今後の本疾患の動向に十分に注意する必要があると思われる。

 なお,都立衛生研究所においては,本菌の毒素型別用診断試薬を準備しているので,疑わしい症例に遭遇された場合は,ご一報いただければ幸いである。



 病原微生物検出情報事務局からのお願い

 劇症型A群レンサ球菌感染症が疑われる例の情報が得られた際には,報告書式3B裏面の「重要と思われる症例に関する情報」欄および書式3A裏面の「その他の情報」欄を利用してご報告下さい。



東京都立衛生研究所微生物部細菌第二研究科 五十嵐 英夫


レンサ球菌によるtoxic shock syndrome診断基準(案)





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